サンダーランド用語集

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やや内容が危険かもです。

この色の用語ALS(サンダーランドのファンジン)からのパクリ翻訳なのでご容赦。



A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z

A 
Alan W*nker (アラン・シアラー)
    W*nkerと書いてシアラーと読むし、シアラーと書いてW*nkerと読む。
    理由:まぐずことニューカッスル・ユナイテッドの顔だから。
    Wanker’s hat, Alan Shearer Illegitimate(訳せません:泣)などシアラー罵倒専用専用のチャントも複数有。
    ちなみに、セインツ・ユースのスター選手時代のシアラーの靴を磨いて居たShearer's Boots Boyだった少年が実は、当時セインツ・ユースのライトバックのDFであった、サンダーランドのスーパー・ケヴィン・フィリップスだったという因縁もある。
Athletic Bilbao (アスレティック・ビルバオ)
    本来、アスレティック・ビルバオは、サンダーランド出身の造船労働者が作ったチームなので、 チーム・カラーとして赤白縞が採用された。
    ついでにセリエのジェノアも、サンダーランド出身の外交官が作ったチームなので、 当初は赤白が採用されていたらしい。

B
Babb (Phill Babb, フィル・バッブ, バッブ) 
    許せないオウンゴールをかますことの意。
Badge (バッジ、クレスト、紋章)
    Crestの項を観てください。
Bananaman (バナナマン)
    MF、ディーン・ホワイトヘッドの愛称。なんかバナナマンという歌を歌ったバンドの名前から来てるらしい。

    余談だがホワイトヘッドは顔こわくてデカい。ライトバック、中央、ウィング、全部 水準以上にこなせるいい選手でとても人気がある。
Bellamy (Craig Bellamy, クレイグ・ベラミー、Ugly Bellamy, ウェールズのアグリー出っ歯) 
    まぐずの、スピードだけが取り柄の、技術ナッシングの 特攻飛び出し系ストライカー。 その出っ歯から、ベアズリー以来のアグリーな選手として、 サンダーランドサポの嘲笑の対象になる。

    まぐず側のサポも、ファンタジックな選手を愛する伝統より、 スピード一辺倒でテクのないベラミーは今ひとつ愛されておらず、 サンダーランド系掲示板において いくらボコボコにけなされて集団リンチを食らっていよーと、 庇いに来るマグサポを観た試しがない(注:他の選手ならば庇い荒しがやってきます)

    昔在籍していたノーリッジでは、コイツにムカついたノーリッジの選手達、 移動の時に移動バスのトイレの中に閉じこめてしまったという事件があった。

    さらに、コヴェントリー・シティのサポーターには、まぐずへの移籍後、 ベラミーがコヴェントリーの悪口をベラベラと漏らしたことから、 「一生許さない」選手としてこれ以上なく嫌われている選手であり、 コヴェントリーのサポーターより脅迫状が届いたことは記憶に新しい。

    更にニューカッスルでもナイトクラブで暴れて女性を殴って警察沙汰になったり、 コーチと喧嘩してニューカッスル空港で空港の椅子をコーチに向かってブン投げたりでお騒がせだったが、 ニューカッスルの監督に就任した首切り半右衛門ことグレアム・スーネスと案の定すぐに対立し、 キレたスーネスはベラミーを強引にセルティックに隔離した。 セルティックで、ニューカッスル時代の同僚ギャリー・コールドウェル、通称コールドウェル弟 (コールドウェル兄:スティーヴ・コールドウェルは現サンダーランド)が握手を求めに行った所、 その手を振り払ったとゆー極悪ぶりを発揮する。

    実は半ボケ老人自身でさえ、、本音を言うと5番目くらいの チョイスにしたかったらしく、実は世界中の誰にも愛されてない気の毒な選手らしい。

Bjorklund (ヨアキム・ビヨルクルンド) 
    1)元スウェーデン代表としてシュワルツ様と共に、94年ワールドカップ3位の成績に貢献した、優れたCB。
    2)いくら頑張っても他人のミスで報われない人のこと。
Black Cats, The Blackcats(ブラックキャッツ、黒猫)
    サンダーランドの愛称。 そもそもの由来は、ナポレオン戦争時に遡る。

    1805年、サンダーランドのサウス・ピアー(南の埠頭)に ナポレオン戦争時の武器廠があり、軍隊が駐屯していたが、 ある日の夜中、黒猫が「みゃー」と鳴いたのを敵の襲来と思いこみ、 見張りの兵隊がビビって発砲したのがことのおこりで、 サンダーランドに駐留していた分隊を黒猫と呼んだんだそーである。

    さらに、1937年、FAカップ発制覇の時、観客の一人が ジャケットのポケットの中に、自分の飼い猫の黒猫を入れてきていたことから、 サンダーランドでは、黒猫が幸運の象徴になったのだ。

    以来、Roker Park(前スタジアム)では、 ネズミ獲りのために黒猫を飼ってたそうでもある。

    当然イギリスでは、黒猫は不幸の象徴なのだが、サンダーランドにとっては 何故か幸運の象徴ということで、1960年代頃から、サポーターズ・クラブの中で 好んでマスコットとして使われていたものが、90年代になり、公式に愛称に制定された。

Black'n'White Bastards, Black'n'White Twat (白黒縞のくそったれ)
    そのまんま。ニューカッスルのサポーターのこと。 よーするにジョーディーズのこと。
Bob Murray (ボブ・マリー)
    @サンダーランド会長。別名、Fat Bob(デブ)。 貧乏クラブだった頃の癖が抜けてないらしく、カネに渋い上、 自分は一切責任を持たないことで有名。

    超絶名言「ピーター・リードが辞任するときは、私の辞任するときだ」

    Aサンダーランド出身、炭坑夫の息子から、キッチン用品のビジネスで身を立てた億万長者。 頭は悪いが、副会長のジョン・フィックリングとともに、サポーターとして、クラブへの愛はあるから どうもどんなミスマネジメントしても憎みきれない所があってカユい。

    ローリー・マッケムエネミー時代の 「悪夢の1986年」に会長に就任、ヨーヨーを繰り返し、 「2度のプレミア最低ポイント降格」等、サンダーランドの悪い時を 全て経験した会長である。2006年6月、ナイアル・クインを中心とする コンソーシアムにSunderland AFC(有)を売却、会長職を辞任する。

Bob Stokoe (ボブ・ストウコー)
    「FAカップ史上最大のアプセット」と言われる1973年 対リーズ戦、2部の下の方でへろへろだったクラブながら1-0で制し、FAカップ優勝をもたらした名将。 (当時のリーズって1部でもうとんでもなく強い黄金時代だったんですよ) しばしば、Messiah(救世主)と呼ばれる。
    ちなみにこの時のコーチング・スタッフに、現ジリンガム監督元バーンリー監督 スタン・ターナントがいます。
    1930年ゲイツヘッドに生まれる。愛称はストーキー(Stokey)。 ニューカッスル・ユナイテッドのセンター・バックとして13年間プレー、 うち、1955年にはニューカッスルの一員としてFAカップ制覇のメンバーでもあった。
    サンダーランドでは1972年より監督をつとめ、その後昇格を逃すと、1976年、健康上の理由により辞任、
    史上最低の暗黒時代、3部に落ちた1987年にケアテイカーとして一時帰ってきました。 やはり、ストウコーは、サンダーランドの「Messiah」であったのだ。
    晩年は健康の不調に悩まされ、2004年2月、老人性痴呆のため、ハートリプール(ハートルプール)の病院にて永眠。享年73歳。
Bobby Gurney (Robert Gurney, ボビー・ガーニー)
    サンダーランド生まれの伝説的ストライカー。 1926年より1939年までサンダーランドでプレー。388試合に出場、228ゴールを挙げ、 サンダーランドのレコード・ゴール・スコアラーであり、1935年12月7日には、 「Bob Burney's five」と呼ばれる5ゴールを対ボルトン戦で挙げ、7-2の大勝利、 1936年には36ゴールを挙げチームを優勝に導き、1937年のFAカップ初制覇に貢献。
Bobby Kerr (ボビー・ケール)
    1973年FAカップ制覇時(対リーズ戦1-0)のスコットランド人主将。
Bobby Robson (ボビー・ロブソン) Boro (ボロ、ぼろ、ミドルスブラ、ミドルズブラ)
    自称ノースイーストのプレミアのチーム。 ヨークシャー北部、ティー川の河口(Teesyde)、Middlesbroughにあり、スタジアムはRiverside Stadium (リヴァーサイド・スタジアム)。客の入りが寒いことで有名。
Brian Clough (サー・ブライアン・クラフ) 
    ミドルスブラ出身、ボロの伝説にして、ノッティンガム・フォレストの名監督として有名だが、 サンダーランドには1961年から65年まで在籍、74試合に出場、63ゴールを挙げる。 1シーズン34ゴールは、ケヴィン・フィリップスに破られるまで、 1シーズン最多得点記録だった。

C
CacAteer (かっかてぃーあ)
    「マッカティア使えネー」の意。確かにコイツに右ウィングは任せられん。
Charley Hurley (チャーリー・ハーリー)
    サンダーランドの伝説的ディフェンダーの一人のアイルランド人。別名、King Charley。  練習場は彼の名前を取ってチャーリー・ハーリー・スタジアムと呼ぶ。  サンダーランドにアイルランド人が多いのも、彼の活躍の影響。
Chris Brown (クリス・ブラウン)
    1984年生まれのサンダーランドのストライカー、アラン・ブラウンの息子。長身でヘッドは・・・強くない。 顔もプレースタイルもオヤジそのものだともっぱらの評判。
    だがRoker Endでマイケル・ブリッジスの活躍に憧れて育ってきたサポなので頑張って欲しい。
Colin Sugget (コリン・サジェット)
    地元チェスター・ル・ストリート出身の1960年代後半のサンダーランドのストライカー。 通算6点という、対ニューカッスル戦最高得点記録を持つ。 サンダーランドでは83試合に出場、24ゴールを挙げる。 1969年、ウェストブロミッジ・アルビヨンに100Kで移籍、42試合に出場、12ゴールを挙げる。 引退後、ニューカッスルのスカウトを経て、現在イプスウィッチのチーフ・スカウト。
Colin Todd (コリン・トッド)
    地元チェスター・ル・ストリート出身、1948年12月12日生まれ、 イングランド代表の名ディフェンダー。 1966年-1971年までサンダーランドでプレー。後にダービー、エヴァートンに移籍。 ミドルスブラ監督(1990年)、ボルトン監督(1999年)、 ダービー監督(2001年)を経て、現在ブラッドフォード・シティのアシスタント・マネージャー。 詳しいキャリアはBBCのこちらの記事で。
Coventry City (コヴェントリ・シティ)
    @ミッドランズのクラブ。愛称スカイブルーズ。

    A1977年、20位のサンダーランド、19位のコヴェントリ・シティ、 18位のブリストル・シティの3クラブが降格の危機に瀕し、最終戦まで残留争いがもつれる。

    その最終戦、コヴェントリはホームのハイフィールド・ロードでその当の降格争い仲間ブリストル・シティと、 サンダーランドは、エヴァートンとの組み合わせ。
    そして、エヴァートンと試合のサンダーランドは時間どおり試合を開始するものの、 コヴェントリは、「ブリストル・シティのサポの到着が遅れた」というめちゃくちゃな理由で、 試合開始を遅延させ、やがて、2−0でサンダーランドの劣勢が伝えられると、 ブリストル・シティとコヴェントリは2−2で引き分け、コヴェントリは残留する。
    つまり、サンダーランドが負ければ、ブリストル・シティは残留決定、 あとはドローでロビンズは18位、コベは19位で生き残り、 ストーク・シティとトッッテナム・ホットスパーとサンダーランドの降格が決定する。
    残留のための故意の試合開始遅延として、当時コヴェントリ会長ジミー・ヒル(殺すリスト)は FAの取り調べを受けるものの、うやむやに終わる。

    さらにその20年後、再びコヴェントリとサンダーランドは降格の危機をむかえ、 再び最終戦までもつれ、サンダーランドはウィンブルドン戦の後、コヴェントリの結果待ちで降格が左右されることになるが、 再び、コヴェントリは15分キックオフを遅らせサンダーランドは降格、 コヴェントリ・シティは残留しました。ということでサンダーランド・サポにとって とても憎いクラブ。

    つーわけで、皆さん、挨拶がわりに「ジミー・ヒルはもう死んだか?」とか言ってます。

    Bサンダーランドを赤字だるまにしたあげく降格させたバカコンビ、 Inchyことエイドリアン・ヒース&Monkeyことピーター・リードを助監督&監督にしてたということで、 サンダーランド・サポからみたらとてもあほなクラブ。
Crabbers, Simon Crabtree (クラバーズ、サイモン・クラブツリー)
    Metro Radioというニューカッスルにあるラジオ局の名物DJ。基本的にサンダーランドの 試合は全試合コイツがギャリー・ローウェル様と一緒に実況する。
    2000年11月18日、SJPでサンダーランドが2-1で敵地での勝利を挙げた実況、「こらブレア聞いてるか」

    "The Final Whistle
    Ant and Dec... Sting... Alan Shearer... Sir John Hall... Jimmy Nail...
    Donna Air... Bobby Robson... Robson Green... Jackie Milburn... Tony Blair.
    CAN YOU HEAR ME TONY BLAIR?
    Your boys have taken one hell of a beating!"

    は、あまりのバカさ加減に呆れた全国紙が取り上げらた程の伝説の実況であった。
    ここで聞けます。バカです。
    特技はおちょくりで、ショーン・ソーントンに豚マン(Pork Pie)とゆー愛称がついたのは Crabberのせいなので、ちとやりすぎである。
    いつだったか対チェルシー@スタンフォード・ブリッジでは、 実況そっちのけで「Number one is Gary Rowell」のチャントを指揮し 大騒ぎになり逮捕されかけるという事件も起こす。

    更に2006年4月のWear-Tyne Derby@SOLにて、「縦読み」にすると 「SHEARER IS A CRAP」になるコラムを書き、 ニューカッスル・ユナイテッドよりメトロ・ラジオにクレームがつき 謝罪させられるという、「シアラーはゴミだ縦読み事件」を起こすお騒がせぶりである。

    「シアラーはゴミだ」(縦読み)

    イッてるサンダーランド・サポーターと思われたが、実はプレストンのサポーターだと判明。
Crest (クレスト、紋章)

    サンダーランドの現紋章(クレスト)の示す意味ですが、 スタジアム・オブ・ライトはモンクウィアマウス炭鉱の跡地に建てられたことから、 炭鉱を記念して、上の丸い車輪のような部分が、炭鉱で使われた掘削機を現しています (スタジアムの後ろにも同じようなモニュメントがあります)。 上のリボン(?)に書いてあるラテン語、 "Consectatio Excelentiae"は英語にすると「Pursuit of Excellence」(至高の追求)。

    強さの象徴、双頭のライオンに守られた、 4分割されてる部分ですが、赤白縞でない部分は、ウィアサイドの2大名勝を表します。
    ギリシャ風の神殿は、ペンショウ・モニュメント(Penshaw Monument)。 カナダ領事となった、ジョン・ジョージ・ランプトン(John George Lambton)ダーラ ム伯を記念して、 1844年にアテネの神殿をモチーフとして、ジョン・ベンジャミン・グリーン(John Benjamin Green) に設計、建立されたものです。 ランプトンの名前を聞いて、ピンと来た方もいるかもしれません。 そう、ランプトンは、ウェア川一帯に伝わる伝説の怪獣、Lambton Wormの名前で す。 ランプトンを記念するということで、このモニュメントを建てるにあたり、 同名の伝説のあるゆかりの地が選ばれたようです。

    右下のデザインは当然ウェア川にかかる橋、ウェアマウス・ブリッジです。
Cross (クロス)
    最低でも観客席10列目にボールをケリ込んでゴールキックになること。

D
Dave Bowman (デイヴ・バウマン)
    監督ミック・マッカーシーのチーフ・スカウト。
    アイルランド代表時代からのスカウトだったらしく、敏腕きわまりなく、 バウマンの連れてくる若手は殆ど外れない、おそるべき炯眼のスカウト。 陰の快進撃の立役者。
DP, Disco Pants (でぃすこ・ぱんつ)
    チャント、Niall Quinn’s Disco Pantsより、 ナイアル・クインの愛称ととして有名だが、その由来は、クインのマンチェスター・シティ在籍時にさかのぼる。

    マンチェスター・シティ時代、チームメイト数名とともに、イタリアに休暇に行ったクイン。 夜になり、皆でディスコに遊びに行こうという話になった。だが、クイン、ディスコに行くような服は持って来なかった。 現れたクインの扮装は、パタパタのサンダルに、シャツに、デニムの短パンというものだった。

    酒が入ると、ついにクインも踊りだして、ノリノリのクインはシャツを脱ぎ捨て、短パン一丁に。 しかし、その短パンは、デカすぎて、ウェスト周りがなんと、ウェストではなく、胸の下で止まっていたのであった。

    胸から腰までをすっぽり覆った短パン一丁姿のクインにバカウケしたマンチェスター・シティの選手達が、 このクインの姿を後世まで語り継ぐべくして、なんだかんだで出来上がったクインのチャントが、 Niall Quinn's Disco Pantsであった。

    だから歌詞が 「ナイアルのディスコ・パンツは最高だ。ケツから胸まですっぽりさ」(Niall Quinn's Disco Pants are the best, they go up from his arse to his chest)なんだって。

Doctor (ドクター・プロクター)
    サンダーランド出身のストライカー、マイケル・プロクターの愛称。
    「Doctor Proctor」という、ジョン・フォスターの子供向けの詩集から。
Don Hutchson (ドン・ハッチソン)
    1)Gateshead(ニューカッスル)出身のスコットランド人。中央からゲームを作るタイプのミッドフィルダー。99-01までの、 サンダーランド快進撃(最高7位)の立役者として高い評価を受けていたが、給料交渉でモメにモメ、 高い給料を提示してきたグレン・ローダー率いるウェストハム・ユナイテッドにあっさり移籍。 忠誠心のカケラもないビジネスライクっぷりに、サンダーランドサポから、 "One Greedy Bastard!"と揶揄される。更に、電柱菩薩、ナイアル・クインに名指しでその行動を批判されたことのある、 おそらく唯一の選手。しかし、サンダーランドサポの呪いが目出度く成就し、 2001-2002シーズン中盤に脚を骨折、最低3ヶ月の重傷を負う。「ハチソン重傷」の報を聞いたサンダーランドサポは 歓喜の涙にくれたことは言うまでもない。

    サンダーランドサポの呪いは一生祟るのです。

    2)裏切り者の意。

    3)強欲者の意。


E
Echo (えこー、サンダーランド・エコー)
    サンダーランドのことしか載ってない新聞。
    特に試合がある時に発行されるフットボール専門新聞、サンダーランドのことだけで 10数ページを割くFootball Echoのことをこう呼ぶ。 FootballとEchoの字の間には、サッカーボールのイラストが書いてあるが、 勝つと笑って、引き分けだとクチをつぐんで、負けると大泣きする。可愛い。

Elephant Man (エレファント・マン)
    かつてのMagsの名FW、ピーター・ベアズリーの愛称(愛称って日本語が正しいのかしらんけど)。
    理由:見たまんま。顔が曲がっているからということらしい。

F
4-5-1 (Four-Five-One)
    サンダーランド末期のピーター・リードが好んだ戦術。 中盤に5人揃えて、一本もパスもクロスも通らないというきわめて珍しい戦術。

4-3-3 (Four-Three-Three)
    現監督ミック・マッカーシーが好んだ戦術。中央抜かれて失点するだけ。

FTBM (ふぁっくざっとぼぶまりー)
    下の、サンダーランドファンの常套句、「死ねこのくそニューカッスル」の応用版だが、
    意味は「ケチ会長ボブマリーのくそったれ早よ辞めろ」であるので注意が必要。

FTM (えふてぃーえむ、F*ck the Mags)
    まんま、「死ねこのくそニューカッスル」の意。文末に好んで使われる場合が多い。  ただし、敵からも、「Fu*k the Mackems」と切り返しを食らうことも忘れてはいけない。

    反義語:SMB


G
Gary Rowell (ゲイリー・ローウェル)
    サンダーランドの歴史的ストライカーの一人。1974年-85年までサンダーランドに在籍し、266試合中102ゴールを記録。
    1979年2月、ニューカッスル敵地、SJPでハットトリックをかました事件は、未だに伝説である。 ケヴィン・フィリップスに抜かれるまで、サンダーランドの最多得点記録を持っていた選手。

    「Lord Rowell」と呼ばれることが多い。


Geordies (ジョーディーズ、じょーでぃーず)
    そもそもの定義はノーザンバーランド、タイン&ウェア、 ダーラム近郊出身の北イングランド人を示すとかなんとかだったはずだが、 フットボールの意味になると、Geordies = Magsというイコールになってしまい、 違和感がありありです。

    現在ではノーザンバーランド、ニューカッスル近郊、ゲイツヘッド、サウス・シールズ、ジャラ、 ヘクサム、アシントン辺り出身の人をジョーディーと言い、その範囲は広いので、 厳密には、「俺はジョーディーだがまっけむだ」って人は、結構います。

    その逆(サンダーランド出身のニューカッスル・サポ)は、あまり居ませんので(当たり前か)、 アナタがジョーディーでかつニューカッスル・サポでない限り、 ニューカッスルのことをジョーディーズというのは、正しくない用法ですので そこの所の理解をどうかよろしくです。

    とゆーワケで、当サイトでは、ニューカッスルの呼称は、「Mags」に統一させて頂いております。

    *補足1)ちなみにMagpiesとは殆ど言いません。Magsサポすらそう呼びません。 ニューカッスルのことをマグパイズとか呼ぶのは かえって無知を晒すことになるので気をつけましょう。

    *補足2)Magsというのは、サンダーランド・サポが好んで使う言い回しですので 当然ニューカッスル・サポはそう呼ばれることを嫌います。 ニューカッスル・サポが「自分はまぐだ」と、自分から名乗るのはアリなのですが。

    *補足3) Toon Armyと名乗れるのはニューカッスル出身もしくはゲイツヘッド出身のニューカッスル・サポーターのみです。 Toon=Townというジョーディー語、つまり、「ニューカッスルの街生まれの人間」という意味なので、 当然ニューカッスル&ゲイツヘッド出身者以外は名乗りません、普通。 Toon Armyは、まっけむみたいな使い方ですね。

    *補足4)ノースイーストは地域色が非常に濃いのでこの辺りの理解、すげえ面倒ですよホント。

Glen Roeder (グレン・ローダー)
    1994年、ノンリーグでプレーしていたスーパーケヴを拾った当時のワトフォード監督、
    いわばサンダーランドの恩人は、何故か元マグの名選手。現ウェストハム・ユナイテッド監督。 ウェストハム監督就任後は、ドン・ハッチソンを引き抜いたりグレイを欲しがったり、 挙げ句の果てにはスーパーケヴを欲しがったり、元まぐ選手としては、よくわからない嗜好(思考)の持ち主。
Gray (Mickey Gray, ミッキー・グレイ)
    サンダーランド出身のご当地選手。 かつてマンチェスター・ユナイテッド・ユースに所属していたが (ギッグスあたりと交友があるらしい。 グレイとギッグスとメイキンとでモナコ・グランプリを観戦しに行ってた) 18歳になると地元のサンダーランドに入団。 ケヴィン・キーガン時代の元イングランド代表レフトバックにして、チーム主将。
    そして、不良。  サンダーランドのサイトの投稿などを見ていると、こう書かれていることがある。
     「今日、グレイを見かけました。 今日のグレイは酔っぱらってませんでした。
    ねーちゃん関係は派手らしいわ、98年だか99年には補導歴もあるわ(泥酔して警察沙汰を起こす。あ、成人は補導と言わんか) 最近はプレーにキレはないわ主将適性はどー見てもゼロだわ、背中に入ったワンポイントなタトゥーもクールで 一時はロン毛を靡かせてプレーしたりとサンダーランドの人々には刺激的すぎるファッションセンスを誇り、 とにかくグレイをなんとかしたいが、サンダーランド地元産なのでどーにもできない。 いや、不良でも、調子取り戻してくれれば構わないんだがね。
    (クリックするとフルサイズ)
    (ManUのギグスと現イプスウィッチ元サンダーランドのメイキンとモナコでF1観戦)


    サンダーランドで400試合以上に出場したマイケル・グレイだったが、 2002-03のシーズンにクラブが財政危機に見舞われ、多量の人員カットを迫られた直後に、 主将グレイがおニューのフェラーリで練習に現れた所、監督ミック・マッカーシーの逆鱗に触れ、 この一件でマッカーシーはグレイの売却を決意する。

    2003-04シーズン、イヤイヤながらセルティックへの一時ローンの後(CL出てたよ、グレイ)、 ブラックバーンにイヤイヤながら完全移籍させられる。サポらしく、暇な時は移籍後必ず試合見にきてたよーで、 FAカップ、プレーオフ、リーグ最終戦等で目撃談有。

    スーネス時代はそこそこプレーしてたもんの、ブラックバーンの監督がマーク・ヒューズになった頃から 干されはじめ、超不本意ながらよりによってリーズ・ユナイテッド に里子に出される可哀想な 選手生活をしている。

    余程リーズ暮らしが不服なのか、2005年3月、対ジリンガム戦で、 ダリウス・ヘンダーソンにアゴから引き倒されると、報復に殴りかかるという 観たこともないよなアグレッシブさを見せる。あと2年早く怒れる人になってりゃ放出されなかったのに、気の毒だ。

    ホントに元サンダーランドでいい時代を過ごした人は、出て行くとロクな人生が待ってない。

    公約の66666ヒットスペシャルということで、ここをクリックすると リーズのグレイ大暴れ動画が観れるようにしました。

H
Ha'way the lads!(はうぇーざらっず)
    まっけむ弁で、 「Come on the lads!」(行け行けサンダーランド!!)の意味。

    ちなみに、「Howay the lads」ジョーディー弁なので、こう発音すると 間違いなく怒られます。


Howard Wilkinson (ハワード・ウィルキンソン)
    2002年10月、解任されたピーター・リードの後任として、 サンダーランド第25代監督に就任した、元リーズ、シェフィールド・ウェンズデーの監督。 イングランドでたった12人しかいないという、「UEFAプロ・ライセンス」を持ったコーチであり、 イングランド代表のテクニカル・コーチをかつて務め、2001年のワールドカップ予選、 フィンランド戦では、ケヴィン・キーガンがあっさり代表監督を辞任しやがった混乱の中、代理監督を務めたこともある。 リーズ監督時代には、とりあえずDiv1を制したこともあるらしい。

    が、イングランドFAのドン、Crozierと激不仲のため、 絶対イングランド代表では未来がないことは確実なので、安めの実績のある監督を捜していたボブ・マリーと、 どっかのヘッドになりたいウィルキンソンと、利害が一致したと思われる。

    そーゆー、明らかに消極的な理由による監督交代劇のため、サポの期待は極めて低いが、 とりあえず、人間な分、オツムは猿よりマシなんじゃねーかという、これまた消極的な期待がされている監督であったが、 2003年3月、成績不振の責任を問われ、スティーヴ・コッタリルとともに解任される。後任はミック・マッカーシー。


I
J
Jim Montgomery (ジム・モンゴメリ)
    このサンダーランド生まれのGKは、サンダーランドの選手として、623試合の出場したという、最多出場記録を持つ。 1958年に15歳でアマチュアとしてサンダーランドに入団し、60年にプロ契約を結び、 1977年にバーミンガムに移籍するまで約20年間サンダーランドでプレイした計算になる。 イングランドU-23の代表歴もあるが、故障に祟られて正代表入りはかなわなかった。
    1973年には、FAカップ決勝戦のリーズ戦、では、モンゴメリがPKを止めたことで、Div2の6位で終わったチームの分際でFAカップ制覇 してしまうという離れ業を、サンダーランドはやらかしてしまう。 当然、その最高殊勲選手がモンゴメリであり、SoLの内壁には、その功績を称え、 彼の名前を冠したバーがある。(Monty's Magic Dining)

    カンファレンス・クラブ、スカーボロ(スカーバラ)のGKコーチをやったり。

Julio Arca (Julio Andres Arca, フリオ・アルカ)
    元アルヘンティーノ・ジュニアのアルゼンチンU-20代表元主将。そしてリーベル・サポーター。代表ではLB。  弱冠21歳にして、サンダーランドの大スターの一人で、本職はレフトバックだそうだが、サンダーランドでは通常LW。  サンダーランドの選手にしては珍しく個人技の優れた選手で、ドリブルがファンスティックな技巧派である。(クロスはブレる)  2001-2002は怪我に泣かされたり、ピーター・リードのファンタジー采配によって  本領発揮にはほど遠いシーズンに終わったが、最終戦の後半に、ダービー戦にアルカがスーツ姿で観客席に姿を現すと、  「Hoolio!」コールがスタジアム中から沸き起こり、試合そっちのけでサイン会が始まっていた。
    試合観ろよ、サンダーランドファン。

    降格後の2003-04シーズン、レギュラーとしての座を掴むと、元々の素質と人気とあいまって、 サンダーランドのスーパー・アイドルの地位に躍り出、2003-04シーズンのクラブ最優秀選手賞を受賞した上に、 PFAからもリーグのベストイレブンに選出される。

    どのくらい人気があるかとゆーと、試合出てなくてもチャントが起きる。 気にくわない選手がFKを取ろうとするとアルカに蹴らせろとアルカのチャントが起きる。 どんなミスしてもスタンディング・オベーションが待っている。 2004-05で契約が切れる上に、多くのプレミア、セリエ、スペインのクラブが狙っていたため、 去就が注目されていたが、「僕はサンダーランドで昇格を果たしたい。ここで幸せだから」とファンを悶絶の涙の渦に 叩き込む人生の間違い大英断をしてのけ、サンダーランドのスーパーアイドル街道、向かう所敵なしである。



    ファンが好きなことは間違いなく残留理由の一つだが、どーやらホントの残留理由は、 ようやく公約通り66666ヒットスペシャル第二弾ということで、後反転でお願いしますが書きますね。 ドのつくマッケムの彼女に捕まったからだというのがもっぱらの噂。

    しかも彼女は15だか16だか条例スレスレの年齢だというハナシ。

K
Kelvin Davies  (ケルヴィン・デイヴィス)
    @元イプスウィッチのわりと良かったGK、元イングランドU-21のGK。

    Aサンダーランド的意味では史上最悪のゴールキーパーのことであり、 ミック・マッカーシーのプレミア監督としての資質を問いまくりたくなるスカ買い物物件。 給料含めて総額10Mの補強費用しかなかった2005-06シーズン、 移籍金のみで1.25Mという高額をはたいてイプスウィッチから買ってきたGK。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    2005-06開幕戦対チャールトン戦@SOLとその2戦目対リヴァプール戦@アンフィールドにて、 全く同じ位置から全く同じように得点され、ファンを心配させるも、 実力はこんなもんではなかった。

    チェルシー戦@スタンフォード・ブリッジで善戦するチームの中で一人 でアンディ・ウェルシュにバカパスするとそのままウェルシュのバカロストを誘い失点、 2005年9月17日、ホームでWBA相手に一点守りきればホーム初勝利というのをバカ飛び出しでぶちこわし、 2005年10月29日、 CBのアラン・スタッブスがクソタコでクソポジショニングでよりによって 超ファンタジスタGKデイヴィスの視界をさえぎった上にさすがはファンタジスタGK、更にその斜めま上を行くような信じられないデイヴィスの発狂飛び出し飛び出しでスタッブスと交錯し、 「てめぇこの野郎どけ」とデイヴィスがスタッブスを突き飛ばしてる間に ゴールマウスがすっからかんになり、すっからかんのゴールに勝ち越し点を入れられる という 前代未聞の大恥失点の主役になる。

    さすがにこの試合の直後に18歳のベン・アルニックにナンバーワンを奪われるが、アルニックの故障とともにナンバーワン復帰するや案の定、 2006年1月31日、よりによってボロ相手にホームでノロノロこいて1点献上、 2006年3月5日、マンチェスター・シティ・アウェーでプレッシャーをかけに来たサマラスに向けて出したとしか思えないよなショートパス(デイヴィス的にはダニー・コリンズに向けたらしいが貰ったコリンズは慌ててロスト)をサマラスに自ら献上してアホ失点。 2005-06シーズン、デイヴィスで失った総ポイント数、どう少なく見積もっても12ポイントであり、 各界からの大批判を浴びた。

    スタイル的には優れたショット・ストッパーだが状況判断とディストリビューションの精度はサンダーランドのクラブ史上最低だともっぱらの評判である。

L


Lawrie Mc-Enemy  (ローリー・マック・エネミー)
    @通常の意味では、元北アイルランド監督、元イングランド代表コーチ、 元サウサンプトン監督等(セインツではアラン・シアラーやマット・ルティシエなんかを世に出す) のキャリアを誇るLawrie McMenemy(ローリー・マクメネミー)のこと。

    Aサンダーランド的意味では史上最低のクソ監督のことであり、 史上最低の暗黒時代を招いた監督。
    サウサンプトンで良かったので、当時2部に落ちてたサンダーランドが招いたトコ、1986-87シーズン、 昇格させるどころか18位に叩き落としてサンダーランドAFC史上初&史上唯一の 3部降格させてしまう。
    サンダーランドって後にも先にも125年の歴史で3部に落ちたのはこの1度だけ。
    当然サポーターは大激怒、シーズンチケットホルダー全員が大暴れし、 1シーズンで即刻解任、すぐにボブ・ストウコーがケアテイカーとして呼ばれ、 デニス・スミスが就任すると3部で優勝してすぐに2部に帰ったそうな。
Lee Clark  (リー・クラーク)
    遺伝子レベルでニューカッスル愛が刷り込まれた、熱狂的ニューカッスル・サポーターのミッドフィルダー。 ウォールズ・エンド出身、ウォールズ・エンド・ボーイズに所属していた彼は、 イングランド・スクールボーイ選抜、対ブラジル戦に、 クリス・メイキンやマーカス・スチュワートとともに選抜されるなどという活躍を見せ、 から1989年、トレイニーとして、憧れの ニューカッスル入りを果たす。

    しかし何故だか1997年、昇格を目指す宿敵サンダーランドのピーター・リードに 2.5mでお買い上げられ、賛否両論の渦の中、サンダーランドの昇格に大貢献する。

    だが、98-99のウェンブリー決勝、 ニューカッスル対マンチェスター・ユナイテッドに、こともあろうに「Sad  Mackem Bastard」と書かれたTシャツを着て応援に行った姿が写真に撮られ、 サンダーランド・サポーターの大顰蹙を買い、フラムに売られる。

  • フィリップスのコメント
      「リーはニューカッスルへの愛を決して隠そうとしなかったし、リーが98-99のFA カップファイナルに、ウェンブリーへニューカッスルの応援をしにいったことは、僕 らは全員知ってたよ。
      でも、その時、「Sad Mackem Bastard」ってTシャツを着 ていって、写真撮られたってことはやっぱりアホだ。
      サンダーランドのトップ・プレーヤーとしてやっちゃいけないことだと思うんだ。
      リーはいい選手だったし、なくてはならない選手だったから、本当に悲しかった。で も、その事件のために監督がリーを売ったことは、正しい判断だったと思う。だって ファンは決してリーを許さないだろうしね。 ロンドン(フラム)はノースイーストから遠いし、ブレイスウェルが面倒みてくれる から、一番いいところにいったと思う。 フットボーラーって、常に衆人の目にさらされてるってことを自覚しなきゃいけない 事件だと思った」
  • リー・クラーク語る
      「あのTシャツ事件はキャリアの汚点だと思ってる。でも、昇格を果たしたから、僕はサンダーランドで最愛のニューカッスルと戦わな きゃならない。だからもうサンダーランドに居られないと、ピーター・リードとボ ビー・サクストンには告げていたんだよ」
  • まぐサポのJackie Mag様からリーに対する証言
      リーにとっては、「SMB」Tシャツを着て、ニューカッスルの 応援に行くのは、生まれたときからの日常だったので、フツーに やっちゃって、誰かに指摘されて「あ。俺、サンダーランドの 選手だった、そういえば」ってなもんだったと思います。 そう、要するに頭悪いんです(自爆)

      この事件のあとのコメント。

        「やっぱさ、いくら家が近いっても、サンダーランドだ けは行っちゃいけなかったんだね」
      移籍した後に気づいてどーする。
    ご協力、ありがとうございました。

Leeds United  (リーズ・ユナイテッド)
    @ヨークシャーの名門ビッグ・クラブ。

    Aヨークシャーの名門クラブ、愛称、Dirty Leeds。
    伝統的にプレーが荒いため、みんなの大嫌いなクラブ。

Len Shackleton  (レン・シャックルトン)
    (1922-2000)サンダーランド最大の伝説的プレーヤーの一人。 別名、「フットボールの王子」(The Clown Prince of Football)。 ヨークシャー、 ブラッドフォードで生まれ、アーセナルのグラウンド・スタッフをクビになった後、 ブラッドフォードでアマチュア選手としてプレーしていたが、 17歳でブラッドフォード・パーク・アベニューと契約する。 その6シーズンには、よりによってまぐずへと 移籍し、デビュー試合で6得点(未だにニューカッスルの最多得点記録で破られていない) をあげ、ニューポート・カウンティ相手の13-0という大勝利に貢献する。 18ヶ月の間、57試合で25ゴールをあげると、 シャックルトンはSJPを後にし、 Roker Park、(よりによって)サンダーランドへと移籍した。 サンダーランドには11年間在籍し、その間、FAカップの準優勝に貢献、 101ゴール(348試合中)をあげた。 FAカップでまぐずが2-0で勝っているとキレてボールを 雪の吹き溜まりに蹴り込んだり(シェフィールド・ユナイテッド戦でクリケット・ピッチに蹴りこんだ) コーナーフラッグにボールを当ててワンツー(!)で相手DFを抜き去るなど トンデモナイ天才肌の選手(実際は天才)だったようだ。 天才気質のせいでなかなかイングランド代表に呼ばれず、というか、 イングランド代表に加わらず、1954年、 ようやくイングランド代表に選ばれ、54年12月1日のフレンドリーマッチ、 対西ドイツ戦で得点している(3-1でイングランドの勝利)。 自伝でも「凡庸な指導者の知識程度(The Average Director's Knowledge of Football)」とか 書いてしまうなど、ノースイーストにありがちなお騒がせタイプのド天才スーパースター であったことは間違いないようである。

M
Mackems (まっけむず、マッケム、マッケムズ)
    サンダーランドに住むサンダーランドサポのこと (サンダーランドに住んでりゃ100%サンダーランドファンだが)。 本来はタインサイド、ニューカッスルに住む人間が、ウェアサイドの訛 (「Make Them」が、「Make'em」=「Mackem」になる)を茶化した 蔑称という説が強いようで、 基本的に、サンダーランドのファンは自分達から「マッケム」とは言わない。 「まっけむ」と自分達から言うのは、本来はノースイーストに住む人間の総称、 Geordiesをあたかもニューカッスルサポと同義として使用するマグサポに対して、 明確な敵対心と反抗心を示す意味でサンダーランド育ちの人間が自ら使用する場合に限られる。

    「Mackem」って、平たく言うと、 ジョーディーズによるサンダーランドサポの蔑称なんだから。 ゆえに、面と向かって 「u, Mackem?」などと言ったらマグサポとしてボコられても知らんぞ。 (逆に言えば、サンダーランド・サポーターをこう呼んでくるのは99%ジョーディーズの連中です)

    つーか「生粋のサンダーランド近郊出身の母親のハラの中に居た頃から (イギリス風の言い方だと「精子だった頃から」と言うらしいが) サンダーランドサポでアンチ・ニューカッスルです」とゆーヤツじゃないと名乗っちゃイカン代物。

    補足1)実感として、やっぱり私らを「まっけむ!」って呼んでくるのは、 圧倒的にジョーディーズの連中で、 ジョーディー以外はやっぱり「さんだらん!」って言うか「Whey Aye!」って からかって来るくらいです。

    補足2)というわけで、こういう会話はしょっちゅうあります。

      例1) (サンダーランド以外の出身者のサンダーランド・サポに向かって) 「You're not a mackem, so why support Sunderland?」(あなたはマッケムじゃないのに、どうしてサンダランド・サポなの?)
      例2)(ジョーディーズの地域出身の人たちが) 「I'm a Geordie, but I support mackems」(俺はジョーディーだがサンダーランド・サポだ)←なぜこの文脈で mackemsの用法が正しいかというと、「普通なら、ジョーディーはニューカッスルのサポーターだ」という仮定がある、 つまり、ニューカッスル対サンダーランドの対立の中でその人が育ってきてどちらかだろうという仮定があるからです。


  • 補論:「Mackem」という言葉とライバリティの歴史
    • サンダーランドは、第二次世界大戦中、「世界一大きな造船工場」の一つでした。ですから、熟練工がたくさんおりました。
      ニューカッスルも造船業がさかんだったのですが、1960年代頃、 タインサイドの造船工場は、ウィアサイドの熟練工を雇うことを好みました。
      そして、職にあぶれたタインサイドの造船労働者は、「Make'em Tak'em(まっけむ・たっけむ=Make them take them。 意味は『全部ウィアサイドの連中に美味しい所を持ってかれちまう』)と、ウィアサイドの訛りをこめて揶揄するようになり、 やがてウィアサイドの造船労働者達をただ単に「Mackem」と呼ぶようになります。
      造船労働者達と、フットボール・サポーターはかぶっております。
      ですから、その造船業の不満と対立が、フットボールに転嫁され、60年代から、 タインサイドの連中が「Mackem」とウィアサイドの人々を侮蔑目的で呼びだすようになります。 そして仲が悪くなれば、昔の因縁を持ち出すのも道理。 よく考えると根っこは清教徒革命にあったかも、と、なんだか昔の歴史まで持ち出され、その関係は恐ろしいことになっていきます。
      つまり、ライバリティと相互憎悪が深刻になったのも、Mackemという言葉が生まれたのも、 1960年代以降のことなのです。
    Mags (まぐず)
      Magpies=タイン川沿いにある街の、50M£ばかりの負債のあるチーム、ニューカッスル・ユナイテッドの略称。莫大な借金あるくせに、 リーズと違ってシーズンチケットの売り上げだけで返せる目処があるらしいからムカつく。  類義語はSkunksScum
    Manure(まんゆー)
      まぁ書いて字の通り、馬のクソ=マンチェスター・ユナイテッドのこと。
      伝統的に大嫌いなクラブで、このクラブとの試合は必ず荒れる。
      過去にはアレックス・レーがManure主将ロイ・キーンの頭にスローインを故意に2発ぶつけたり、 ジェイソン・マカティアが、ロイ・キーンを挑発してロイ・キーンにエルボを食らったりと、 そんなことばっか起きる相手。
    Mccan’t (まっきゃんと)
      「マッキャン使えネー」の意味。いらんタックルでイヤなFK貰う癖はなんとかならんか。
    McAteer Type Buy (マッカティア・タイプのお買い物)
      安物のそこそこ使い物になる年寄りを格安で買い叩くこと。ピーター・リードのお得意技。

      これをやるとファンがキレる
    Mick McCarthy (ミック・マッカーシー)
      2002-03の降格シーズン途中からハワード・ウィルキンソンにかわって監督に就任した お馴染み、元アイルランド代表監督。

      出身はバーンリー、国籍もイングリッシュで、酷いヨークシャー訛り (アイリッシュ訛りはありません)の完全無欠のヨークシャー・イングリッシュであるが、父親がアイリッシュだったためか、 セルティックのサポーターであり、アイルランド代表のCB、のちにセルティックでCBとして活躍する。

      2002年ワールドカップ、サイパンで、元々不仲だった主将ロイ・キーンに、 「アイリッシュでもねえくせにアイルランドの監督だとザケんな」とかなりイタイ所を突かれて激昂、 ロイ・キーンを代表から外してアイルランドに送り返した事件は有名。

      クラブでは、かつてミルウォールを降格させたことでミルウォールサポからどえらく恨まれており、、 サンダーランドでも同様に機能しないくせに同じチームセレクションにこだわったり、ロイ・キーンへのあてつけか、 よせばいいのにクラブでアイリッシュの偏重をする上に一度決めたら絶対戦術やチームセレクションを変えないので 「Thick Mick」(バカミック)と言われること多し。

      しかし、ボクシングの朝練に皆を呼びつけたり、徴収した罰金で皆でパーティーを開いたりすることで、 選手の能力よりもチームの仲良し力を育てるミックのやり方は、レベルの低い2部リーグでは有効で 下馬評最低だったサンダーランドをとりあえず2003-04、3位で終わり、なんか知らんが、 聞いたこともない若手を取っては若手起用を全て当て、2004-05シーズンも「無敵の仲良しチーム」は調子が良く、 というか、このシーズン、ブッちぎって優勝し、プレミア昇格、ミック・マッカーシーはChampionship(昔で言うDivision1)の 最優秀監督に選ばれる。

      そんなミックは、実はサンダーランドは単身赴任である。 ミックのお子さんは優秀でロンドンのいい学校に通ってるために、 妻子をケントに残してミック一人でノースイーストで暮らしている。奥さんは亭主元気で留守がいいと喜んでるよーだと いうコメントをミックは残していた。

      さてさて。そんなミック・マッカーシーのプレミア監督としての資質であるが、 2002-03シーズン、3月12日に就任して残り9試合全敗、 2005-06シーズン、開幕7試合目、9月終わりにしてよーやくミドルスブラ相手@リバーサイド・スタジアムにて 初勝利を挙げたかと思うと2勝目は年明けのウェストブロム戦@ホーソーンズでよーやく2勝と、 プレミア39戦中わずか2勝、2度降格、しかも2度目は 史上未曾有の12ポイントしかとれずに降格してるしーという、数字上は間違いなく史上最低のプレミア監督っぷりであった。

      (ついでにこのシーズン、ケヴィン・ボールのケアテイカー監督下ホーム初勝利をあげたのは、よーやく年明け5月の対フラム戦であった。 しかもこれは降雪延期になってて、中止になった試合では1−0で負けていたのであそこで中止にならんかったら ホームで一つも勝てなかったであろうというオマケがつく)

      さすがにマンチェスター・シティ戦後のデイヴィス・クラシックで2006年3月6日解任される。 解任するにしても、遅すぎるんじゃデブ会長・・・ということで、ボブ・マリーのプレミア会長としての 資質を表す人事でもありました。
    Micky Bridges, Michael Bridges (ミッキー・ブリッジス マイケル・ブリッジス)
      ご存知サンダーランド・ユース出身の元、天才少年。愛称Stickman。
      1978年生まれ、ノース・シールズ出身、ウォールズエンド・ボーイズ出身のニューカッスル・サポーターだが、 サンダーランドのユース入団に当たり、ニューカッスル・サポーターであることを隠して生きてゆくことを決意し、 スパーズのサポと嘘をつく。弱冠18歳でトップチームにデビューした天才少年は、 そのシーズン、プレミアで29試合に出場、3ゴールを挙げたデビューから名声を高める。 実は現在サンダーランドで活躍する若手ストライカー、クリス・ブラウン@ 父ちゃんがアラン・ブラウンで元サンダーランドのストライカーなので自動的にサンダーランドサポのヒーローは ブリッジスだったそうである。

      1999年、リーズ・ユナイテッドにクラブ最高価格の5Mで移籍、リーズ最初のシーズン、21ゴールを挙げる。

      ・・・が、それ以来、故障のため、5年間殆どプレーできず、2004年、ついに憧れのニューカッスルに 3ヶ月ローンでの移籍を果たし、ようやくスパーズのファンだとゆーのが嘘で、 本当はニューカッスルサポだということがバレた。10年近く嘘をつき通したブリッジス、健気すぎる。

      そのシーズン、降格したリーズとの契約が切れると、結婚を機に 故郷のクラブ、サンダーランド@2部に移籍・・・しようと思った所、 ボルトンのサム・アラーダイスから、「君は才能あるから2部ではもったいない、プレミアで力を試してみるべき。 もしプレミアで試合に出られなかったらサンダーランドにローンで返してやる」と口説かれて ボルトンにフリーで移籍。

      しかしボルトンでは試合に出られず、2004年9月、ついに約束通り、アラダイスは サンダーランドにミッキー・ブリッジスを貸し出してくれた(この時ブリッジスの給料はボルトン負担という 太っ腹ぶり)。なんと、サンダーランド復帰戦は対2004年9月24日、対リーズ@エランド・ロードという皮肉ぶりに、 エランド・ロードのリーズ・サポーターは大ブーイングでブリッジスを出迎える。

      そして、2004年11月27日、対ストーク戦@ブリタニア・スタジアムで、 ブリッジスは5年ぶりのゴールを挙げることに!天才少年の復活にサンダーランド・サポーターは歓喜したことは言うまでもなく、 12月24日に2年契約を結ぶ。

      しかし、まぁ、なんつーか、結局得点は1点のみで、予想通り、パイパーと仲良く故障し・・・

      2005-06シーズン、残留志願をするものの、無情にもカーライル・ユナイテッドに売り飛ばされ カーライルじゃハットトリックするわ点挙げまくるわ故障はしないわで カーライルを優勝させる原動力となって今じゃプレミアからのオファーまであるらしい。

      ケルヴィン・デイヴィスジョン・ステッド買いと並んで、 「ミック・マッカーシーのプレミア監督としての資質」を端的に表すエピソードである。
    Monkey Heed, Monkey Head (猿、猿頭)
      元サンダーランド監督(1995-2002)、ピーター・リードのこと。 理由:見たまんま。
      最近はオツムのレベルも指すらしい。
      Magsサポが命名したらしいが、昨期降格争いしかかって以来、 圧倒的にサンダーランドサポによる使用頻度の方が高い。 ちなみに、ピーター・リードも
      「イングランド代表史上最強ブサイクイレブン」として ベアズリーと共に選出されている。
      さらにイングランド代表時代には、86年ワールドカップ、 「伝説のマラドーナの5人抜き」で、 マラドーナに抜かれた1人目という栄光の経歴も持っている。

      ちなみに当時イングランド代表監督は、現ニューカッスル監督ボビー・ロブソンだったりする。



    N

    Newcastle
      タイン川河畔にある忌むべき まぐずことニューカッスル・ユナイテッドの本拠地。
      類義語:Skunkville, Scumcastle

    Niall Quinn (Niall John Quinn, ナイアル・クイン)

      1)サンダーランドが初めてプレミアに昇格した年、1996年に、当時のサンダーランド史上最高移籍価格、1.3mで マンチェスター・シティより移籍してきた電柱系FW(195cm)。移籍当初の2ヶ月、クインは故障に悩まされ、 チーム自体もあっさり1シーズンでDiv1に降格してしまうが、1997-98シーズンにサンダーランドにやってきた、 スーパーケヴとの「Telepahic Combination」によってサンダーランドを 2シーズンでプレミアに昇格させたサンダーランドの伝説の電柱。

      クインのプレミア初ゴールは、 1996年8月21日、対ノッティンガム・フォレスト戦(この試合では2ゴールを記録し、チームは 4-1で快勝)。ちなみに、スタジアム・オブ・ライト(SoL)完成後、1997年、8月15日SoLの初ゴールを記録したのも またクインであり、皮肉にもその相手はマンチェスター・シティであった。 1998年、7月3日ストックポート戦では、ハット・トリックも記録している。 1996-97シーズンより、2001-02シーズンまでの間、181試合に出場し、29ゴールを記録。

      余談だがクインはキーパーも出来るようで、アイルランド代表の練習では、 たまにキーパーを務めることもあり、また、1999年の ブラッドフォード戦、トミー・ソーレンセンが負傷退場した際に、キーパージャージを着て 代わりにGKを務め、「覚えてないけどFKだかPKだかを止めた」(トミー談)程の名キーパーぶりも 披露したらしい。

      そして、1999年9月25日、雨の敵地SJPのニューカッスル戦、ヘッドで 同点の1点目を叩き出し(決勝点はこれ以上はない無理な体勢から、 ポスト左から雨に足をとられながら単独でスーパーケヴが決めたもの)、 クインは真の伝説に昇格した
      01-02シーズンからはコーチ兼任の選手としてプレーしていたが、引退。

      2)サンダーランドの有り難い生き仏。Saint Niallの項を参照。

      3)ピーター・リードが1996年にサンダーランドの監督に就任するために マンチェスター・シティを猿、じゃない、去ると、クインはどーやらファースト・チョイスから 外れてしまったのを観て、リードはマンチェスター・シティからクインを連れて来た。 その後のクインのサンダーランドでの活躍は上述の通り。 これについてはクインは相当リードに感謝しているらしく、このせいでクインは 01-02シーズンのよーに、リードがどんなに発狂しよーと リードに頭が上がらないとゆー説が根強く、 「クインがコーチになっても猿のBackroom boysにしかならんー」と心配する声は少なくなかったのだが、 やっぱりそうだったらしく、リード解任に伴い、 コーチ職の続行を固辞、2002年、11月10日のスパーズ戦で引退とコーチ職を続ける意思のないことを表明した。
      4)やっぱりサンダーランドには有り難い生き仏。というかフットボール界全体の仏様ではなかろうか。 というのは、2005-06シーズン、プレミア最低ポイントを絶賛更新して降格した 愛するSunderland AFC(有)の借金だるまの上にこの窮状を見かね、 2006年6月、アイリッシュの投資家を募って コンソーシアムを設立、Sunderland AFC(有)の買収を発表してしまったのである。
      もう二度とヨーヨーなんて言わせない体力のあるクラブ作りを目指した 新会長としての手腕が着目される。

    1973 FA CUP
      実はノースイーストのチームが最後にタイトルらしいタイトルを獲ったのは、 1973年、サンダーランドのFAカップ制覇だったりする。 ジム・モンゴメリはこの試合で伝説となった。 このFAカップ制覇は、おもっくそ、まぐずのトラウマになってしまったため、 永久にあのチームの目標はFAカップ制覇らしい。
    North East (ノース・イースト)
      イングランド北東部、特にヨークシャー北部のティーサイド(Teesyde)、タイン&ウェア(Tyne and Wear)、 ノーザンバーランド(Northumberland)、ダーラム(County Darham)近郊とか、 ぶっちゃけエジンバラのちょっと手前の辺りの総称。→地図リンクやっぱミドルスブラは 圏外になっちょる(笑)
      英国現主将トニー・ブレアもノースイーストの人間で、ダーラム近郊の セッジフィールド(Sedgefield)出身であり、熱狂的まぐずサポなのは有名な話である。
      そもそも、サンダーランドのクラブ自体、 スコットランドはグラスゴー出身、グラスゴー大学を卒業した ジェイムズ・アレン(James Allen)ってゆー先生が中心になって作ったという 来歴もあったりする。
      さて、ノースイーストは、かつてのフットボールの中心地であり、 キ○ガイじみたフットボールの天才を輩出しまくった土地であり、 フットボールにとりわけ熱心である土地。 ノースイーストの3大クラブというのは、
      「ニューカッスル、サンダーランド、ボロの3つ」と言われることが多いが、 諸事情とヨークシャーという 地理的条件により

      ボロは論外なので


      ノースイーストの3大クラブは、ニューカッスル、サンダーランド、ダーリントンだというのは、Magsサポ およびサンダーランドサポの共通意見である。
      とりあえず、This is Northeastでフォローしている主なクラブは、以下の5つ。
    • サンダーランド Sunderland, Tyne and Wear (Wearside)
    • ニューカッスル・ユナイテッド Newcastle United, Tyne and Wear (Tyneside)
    • (ミドルスブラ Middlesbrough, North Yorkshire, Teeside)
    • (ダーリントン Darlington,Teeside 愛称ダルロ(Darlo) 現在Divsion 3)
    • (ハートリプール・ユナイテッド Hartlepool United, Teeside 愛称プール(Pool)、プーリーズ(Poolies) 現在Divsion 2)


      サンダーランドはニューカッスルのちょっと南にあります。
      著作権を考えて管理人によるマウス描きなので地図が汚いのは許してください(汗)


    O
    One Jonny Oster (ジョン・オスター)
      ケヴィン・キルバーンに次ぐサンダーランドのブー・ボーイ。
      やっぱりテクニックはあるのに、大事な時にそのテクニックを発揮しないのでムカつくという理由が一番デカい。
      更に素行がショーン・ソーントンらしかったので、輪をかけて人気がなかった。
      あまりに不安定なテクニシャンなので、たまーにその変態テクニックが当たった時に、よく、
      There's only One Jonny Oster, there's only one Jonny Oster,
      He USED TO BE SHITE, but now doing alright
      という鬼のようなチャントが歌われていた。

      冷遇もあってか、昇格できるウェストハムに行きたいとか暴れたのが、 更に不興を買い、リーズに買い取りオプションつきでレンタルされてる間、 ダーラムのパブで乱闘事件を起こして逮捕され、リーズ移籍が潰えてしまって困ったもんだ、と、思っていたら、 現バーンリー監督のスティーヴ・コッタリルがオスターを引き取ってくれた。
      やっぱりバーンリーで観ると、オスター、格の違うテクニシャンだと思う。
    One Senile Bastard (ボケ老人)
      まぐずの監督、ボビー・ロブソンのこと。同名のチャント有り。 ロンドン・ブリッジくんだりで皆が歌ってたのを観た時は倒れた。 ともかく、「死にかけの老人の脳軟化症」というのがおきまりの罵倒だが、 ボケた老人の頭でも、人間なぶん、やっぱり猿の頭よりマシなような気がする。

    P
    Pass (パス)
      1)ラインの外にボールを出すこと
      2)相手がたにボールを渡すこと
    Peter Reid (ピーター・リード)
      1)95年、サンダーランドの監督に就任した、 リヴァプール出身、イングランド代表経験もある、かつてのエヴァートンの名選手。(ちなみに前職はマンチェスター・シティ監督) ナイアル・クインや、スーパーケヴなど、掛け替えのない選手達を、 破格の安値でもたらし、 サマビー&ジョンストンの両ウィングからのフィードを、クイン電柱&スーパーケヴの 宗教的コンビネーションでゴールに叩き込むという、凄まじい強さを発揮して、 99年にはぶっちぎりの成績でプレミアに昇格、その勢いは止まらず、 プレミア昇格最初のシーズン、99-00には、スーパーケヴが得点王&ヨーロッパ・ゴールデン・ブーツの 両タイトルを獲得し、7位につけるという快進撃、01-02シーズンも同じく7位という好成績をもたらした 手腕が高く評価されている監督である。

      ピーター・リードの戦術/手腕は、しばしば「オールド・スクール」と言われ(揶揄され)、ぶっちゃけ、 「キックアンドラッシュとロングボール放り込み」しか芸がなく、 また、よせばいいのに4-5-1を多用、更に、監督との人間関係をやたら重視したりと、 問題点が多く、環境の変化に対応できなかったことも事実である。 2002年のフィリップス欠場後の3連敗、および、アーセナル戦の3-1敗戦において、 責任を選手に求めたことが災いし、同年10月、解任が決定した。
      2)Monkey heed/Monkey headの項を参照のこと。
      3)安物を買い叩く人のこと。類義語:Walter Smith(ウォルター・スミス、元エヴァートン監督)

    Phillips (フィリップス)
      たった一人で10人分の働きをすることをこう呼ぶ。
    Pissy, Pissy Pants (尿漏れ)
      サンダーランド・サポーターによる、ボビー・ロブソンの蔑称です。
      まぐサポにこれ言ったらトーゼン喧嘩売ることになるので、 まぐサポ相手には決して使わないよーに
      某2ちゃんねるで、ニューカッスル応援スレらしいトコにこの表現使ってるので、 すげえマズイと思うので追記。
      よーするに、「まっけむがじょーでぃーに喧嘩売る表現」で、 危ないから決してまぐサポ相手には、決して使わないでね。

      なぜそーなのかは、ChantのページでOne Senile Bastardの歌詞参照。
    Plastic Mag (プラスティック・マグ、プラスチック・マグ)
      1)強い時だけ応援しに来て弱くなったら見向きもしないサポのことを通常Plasticと呼ぶ。 ゆえにニューカッスルが弱くなると試合に来なくなったり興味なくすファンが居たらそれはPlastic。
      2)人気取りのためだけに好きでもないニューカッスル・サポを名乗る有名人のこと。
        こちらでは当然嘲笑の対象である。トニー・ブレアスティングが有名。
        しかもこの二人は有名人なので、こいつらがニューカッスルのことを口にするたびに、まぐサポは苛々するらしい。
    Playoffs (プレーオフ)
      @2部とか3部とか4部とか5部とかに落っこちると、 昇格の最後の1枠は4チームの勝ち抜きリーグ戦になります。たとえば2部は3-6位がプレーオフ対象で、 3位は6位のチームとホームアンドアウェーで勝ち抜き戦、4位は5位のチームと ホームアンドアウェーで勝ち抜き戦、最後に両方の勝者が一発勝負で対戦して昇格クラブを決めます。
      A笑えるほど勝ったためしのないもの。
      B1990年、2部プレーオフ、決勝でスウィンドン・タウンに負けるわ(後でスウィンドンの財政危機で自動昇格を 貰ったというおまけはつく)なんと言っても、1997年、 プレーオフ決勝マイケル・グレイウェンブリーでの プレーオフ決勝、対チャールトン戦ペナルティ失敗によるレーオフ敗退は歴史的トラウマであり、この事件で 「絶対プレーオフは勝てない」と定着。
      2003-2004シーズン、よりによってプレーオフの3位につけ、 ホームのスタジアム・オブ・ライトで、GKプームへのファウルがとられずにガラ空きになったゴールに 入れられてしまい、まさかまさかのPK戦へ。
      PK戦、勝てる訳もなく、やっぱプレーオフは勝てなかった。
    Proctor, Michael (マイケル・プロクター)
      1)地元Seaham(シーハム)周辺出身らしい、言うまでもなく生まれながらのサンダーランド・サポーターで、 15歳にしてサンダーランドとの練習生契約を結び、幼少時よりの夢を現実にする。

      フィリップス&クインの目が潰れるほど有難い神仏コンビのお陰で、 ストライカーのプロクターにはなかなか出番がまわってこず、里子遍歴生活を余儀なくされるが、 うち、バンタムズことブラッドフォード・シティでの里子時代には、かなり ブラッドフォードで人気のあったストライカーであったらしい。

      バルセロナを破り優勝したU-21、ジャージー・トーナメントにおいて主将を務め、 やがてサンダーランドのファースト・チームにおいてレギュラーとして起用されるようになると、 サンダーランド・サポは、この純粋地元産のパワフルなストライカーの誕生に、 歓喜の涙にくれたことは言うまでもない。

      また、プロクターは、グレイと違って 飲酒があんま好きではない良い子らしく、 これがまた同じ地元産グレイと違って サンダーランド・サポーターの歓心を買いまくる一因ともなっているらしい。

      2)02-03シーズンのホーム、チャールトン戦で 3分で2点も味方ゴールに叩き込んでしまったトンデモない爆発力を誇る ストライカー。

    Puritan Revolution, The (清教徒革命、ピューリタン革命)
      1)イギリス,清教徒が中心になって絶対王政をたおした市民革命。ピューリタン革命ともいう。 ▽チャールズ1世の専制政治に議会(下院)が反抗,1642年,国王派と武力衝突して内乱となった。議会派のクロムウェル*が清教徒の新式軍隊をつくり,国王派をやぶって王を処刑し(1649年),共和国をたてた。1658年クロムウェルが死ぬと,1660年には王政にもどった。

      以上、学研学習辞典データベースより。

      2)おそらくニューカッスルとサンダーランドの宿命の因縁は清教徒革命に始まると思われる(自信なし)。

      皇室典範(Royal Charter)発布以降、タインサイドの都市にして、 北部イングランド最大の都市ニューカッスルは、ノーザンバーランド鉱山にて産出される 石炭の輸出を独占していたため、ウェアサイドからの石炭輸出は制限されており、 タインサイドはウェアサイドからの反感を買っていた。

      んでそもそも、清教徒革命ってのは、チャールズ1世がスコットランドを押さえ込もうとして 失敗したのが契機なわけで、
      イングランド王室に反感を持つスコットランド商人と、 王室の庇護のもと石炭輸出を独占するタインサイドに反感を持つウェアサイドの人間が 結託したことは自然な帰結といえ、ウェアサイドは、 オリヴァー・クロムウェルの議会派についたのである。

      てなわけで、清教徒革命時、ノースイースト最大の繁栄を誇った裕福な街、 ニューカッスル港を中心としたタインサイドは、 イングランド皇室側の最大の石炭供給地であったのに対して、 サンダーランドを中心としたウェアサイドは「クロムウェルのロンドン」に、石炭を供給する役割を果たした。

      さらに、革命中、ロイヤリスト(皇室派)の本拠地はダーラムとニューカッスルにおかれた一方、 パーラメンタリアン(議会派)の本拠地はサンダーランドにおかれたのである。

      1644年、ニューカッスルにおいて、全ての議会派のスコットランド人がウェアサイドに追放された事件によりで、完全に タインサイドとウェアサイドの対立は決定的になったといわれている。

      革命後、タインサイドからの石炭の独占権が破棄され、 ウェアサイドからの石炭輸出に制限がかけられなくなるとともに、 最大の港はニューカッスルであるという事実に変化はないものの、 ウェアサイドに飛躍的な経済発展がもたらされたという。


    Q

    R
    RegVardy  (れっじばーでぃ)
      サンダーランドのスポンサー。イングランド北東部だけに展開する、いわば、自動車ディーラー。

      創始者のPeter Vardy(故人)は、大金持ちで、ノースイーストの教育に力を尽くしたえらい人らしく、 「Sir」の称号を持っている。

    Reich Carter  (Horatio Stratton Carter, レイク・カーター)
      1913年、2月21日サンダーランドに生まれた名ストライカーにして、 サンダーランドの伝説である。学生時代から優れたフットボーラーだった彼は、 1930年、エンジニアとして働くことを断念し、サンダーランドに入団する。 1932年から39年まで、276試合で127ゴールを挙げる。 1936年、31ゴールを挙げ、ガーニーと共にリーグ得点王を分けあう。 更に、1937年、FAカップ初制覇時の主将でもある。 大戦後、1945年にダービーに8Kで移籍したとき、 「俺を売るなんざサンダーランドはバカタレだ」と激怒し、のちにダービーの伝説になる。 彼の出身地、ヘンドンには、彼の最後のゲームから50年後の日に、 レジャー・センターに彼の偉業を記念してレイク・カーター・センターと名が冠せられた。
    Robson Green  (ロブソン・グリーン)
      1)通常の意味では、「英国でもっともセクシーな俳優」と言われ、 何故か英国中のおばさんの超スーパー・アイドルの ショボくれたおっさん。

      「モース警部」こと、「英国でもっとも愛された俳優」ジョン・ソー存命時には、 ジョン・ソー(2mポンド)に次ぐ出演料の高さ(1mポンド)が有名であった。 ジェローム・フリンとのコンビで売り出し、Casuality( BBCによるERのパクリ)で大ブレイク、日本では「捜査官クリーガン」で知られる。

      2)twatと同義。

      3)ノーザンバーランド生まれのニューカッスル育ちの ニューカッスル・サポーター。ゆえに2)と同義。 しかもノースイースト訛を捨てて死ぬほどワザとらしいロンドン英語を喋る 最低男。


    S
    SJP (St. James' Park, しっど・じぇーむず・ぱーく、しっと・じぇーむず・ぱーく)
      1)言うまでもなくMagsことニューカッスル・ユナイテッドの本拠地。 5万2千、プレミア2位のキャパ。 Sid James ParkやShit James Parkの呼称の方がサンダーランドサポには一般的。
      ちなみに発音は「セント・ジェイムズ・パーク」ではなく、「セント・ジェイムズィズ・パーク」。

      2)決して行ってはイケナイ場所。

    St. Niall (聖ナイアル)
      サンダーランドの誇る人格者にして、自身のテステモニアルの収益を一銭も自分に貰わずに、

      (通例テステモニアルは全額無税で貰えるので、長い選手への年金のような性格が強い。 出席してくれた他の選手には、テステモニアルの該当選手が、金品の贈り物をするのが慣習。チェルシーのデニス・ワイズは、 自分のテステモニアルの時、全員にローレックスの時計を送ったらしい。)


      半分の1億円はダブリンの小児病院に、残りはサンダーランドの小児病院に寄付してしまった 伝説の慈悲のアイルランドはダブリン産の電柱FW、ナイアル・クインのことをこう呼ぶことがある。
      (出席した選手はアフリカの子供達からのお手紙だけがギャラだったそーだ)


      クインの悪口を言うのは某マンチェスター・ユナイテッドのロイ・キーンくらいのもんだろう。
    Schwartz (シュワルツ様、Stefan Schwartz, シュテファン・シュワルツ)
      元スウェーデン代表。1994年ワールドカップ、スウェーデンが3位となった時の中心選手。 サンダーランドに初めてやってきたワールドクラスの選手だったため、 いまだに崇拝者は多く、次期監督待望論が高かったため、 新監督、ハワード・ウィルキンソンは、選手兼任コーチを要請し、シュワルツ自身も快諾したものの、 ウィルキンソン退陣を経て、引退を表明、現在はポルトガルでコーチ修行中。
    Scum (すかむ)
    Sean Thornton (ショーン・ソーントン)
      現アイルランドU-20代表の「ジェラード2世」との呼び名の高いパイナップル頭のMF。 フリーキックの名手。当たった時に天才的ゲームメイカーぶりを発揮するMF。 トランメア・ローヴァーズ(Tranmere Rovers)から、 19歳にしては破格の1mで移籍。サンダーランドがルール破りのアプローチをしたということで、 トランメアとサンダーランドがモメにモメて移籍がなくなるかもしれなかったのだが、 そんなことなど素知らぬ顔で、ダブリンの地元紙に
      「もーサンダーランドに決まったんで楽しみなんだー」と喋りまくり、
      「ニューカッスルからも話があったけど、ジェナスとダイヤーとポジション被って出番ないだろーからニューカッスルはやめたんだ」と、 ナニゲにサンダーランドの中盤崩壊をグサリと言い当ててサンダーランドサポを鬱にさせる。
      更に「趣味は友達とストリップバーに行くこと!」と地元紙に語ったそーである。

      2002-03の降格シーズン、チェルシー戦でそれはそれは美しい超ロング・シュートを決め、 あの偉大なジャンフランコ・ゾラ様に、「キミはきっと将来有名になるからシャツを交換してくれないか」とか言われて 直々にシャツを所望された程の天才ぶりを発揮する。

      しかしその夜ナイトクラブで泥酔して、「俺様を誰だと思ってやがんだ」と毒づいた相手がサンダーランドのシーズン・チケット・ ホルダーだったり、はしご先のナイトクラブで大騒ぎして逮捕され、天才とバカは紙一重ということを実証する。

      2002-03、19ポイントしかとれずに降格したサンダーランド、コイツの他にロクに働いた選手おらんかったので、 タナボタ式にクラブ最優秀選手に選ばれる。これがイカンかったのか、バカが加速する。

      2003-04シーズン、どーやら開幕戦前においたをしたらしく、最優秀選手が開幕戦、 お仕置きでベンチをハズされるという前代未聞の事態を招く。

      しかも2004-05シーズンの開幕戦も2003-04開幕戦と同じ理由でベンチに入れてもらえない。 更に取り返しがつかないほど太って走れなかったため、チーム内の愛称が、SLIM SHADYで定着する。 シーズン初等にエヴァートンから誘いがあったので「マッカーシーは俺のことを嫌いなんだ移籍させろ」と大騒ぎ。

      マッカーシーは激怒しつつもこのバカをボクシングの朝練を課すことでどーやら更正させかけている。
    Ship Building (造船業)
      現在でこそウェア川のほとりにある街、 サンダーランドは日産のある街として有名だが、 先代のチーム・ロゴの海と船のデザインに現れているように、 かつてのサンダーランドの基幹産業は造船業であった。

      ニューカッスルのかつての基幹産業のひとつも造船業であったらしく、 お互いに造船仕事のパイを取り合ったことも、この2チームとゆーか サンダーランドとニューカッスルがあそこまで仲の悪い原因である。

      ニューカッスルは一番デカい船を作ったかもしれんが、 サンダーランドは一番質のいい船を作ってたんだよ!

      ・・・だそうである。

    Shoot (シュート)
      最低でも観客席40列目にボールをけりこんでゴールキックになること。
    Skillbane (すきるばーん)
      アイルランド代表左ウィンガー、ケヴィン・キルバーンのこと。

      たまに神憑ると死ぬほど巧いのだが、(Zinedineの項参照)2001年の年末から2002年2月ごろにかけて 死ぬほどヘタレだったことから、いつもイイ時の調子でプレイしやがれという皮肉とイヤミをこめてこう呼ばれる。

      致命的だったのは、2001年1月、SoLにおけるボロ戦。 つまり、ノースイースト・ダービーで(しかもエリクソン観に来てた)、 味方のパスを全部ラインの左外に出しやがるという大業をかまし、 相手ディフェンダーの300倍の強敵ぶりを発揮する。 (ちなみにその試合行きました。酷かったというより凄かった。) 当然、満場のブーイング「アルカ出せコール」を食らい、 いくらなんでもキルバーン下げてアルカを投入するのかと思いきや、 無実の右のマッカティアを下げてアルカ投入という、

      ピーター・リードの超ファンタジー采配によって 結局、ボロ相手に敗戦を喫し、この試合でサンダーランドのBoo  Boyの地位が定着することになった。

      (しかもアルカ入れたらあっちゅー間にチャンスが出来やがった。この試合後、ファンがベンチに乱入してリード殴りかけたらしい。)
      しかも、嫁がボロのヘッドコーチの娘らしく、ボロのスパイ疑惑まで有。


      2003-04シーズンに契約の切れることになったキルバーン、 サンダーランドというかマッカーシーは給料増額を提示して引き留めにかかるが、 当たり前だがキルバーンはあっさり拒否してかつてプレストン時代のモイズを頼ってエヴァートンへ逃亡 し、持てる能力を発揮し、エヴァートンでとても幸せにプレーしている。2004年、アイルランド最優秀選手になったとか。
    Skunks (すかんくす)
      スカンクと柄が白黒縞で一緒のあのチームのこと。 汚いという意味も持たせているらしい。だいたい「Dirty Skunks」と呼んでいる。

        類義語:Mags, Vermin, Barcodes, Fat bastards, Bawlers, Thick twats. Tramps, Small nobs, IQ challenged, Parentally undersupervised. Delinquents, Hallways, C*nts, Tw*ts, Nobs, Sad mags.
    SMB(Sad Mackem Bastard)
      名詞だが、意味的には、FTM の反義語。当然「哀れなくそまっけむども」の意。

      サンダーランド・サポが「FTM」と言ったら「SMB」と帰ってくるはずです。

    Smogs, Smoggies (スモッグズ、すもっぎーず)
      ミドルズブラ=ボロの蔑称。ボロに対しては蔑称がたった一つしかないことから、ボロが想ってるほどサンダーランド側には相手にされてない。

      何故スモッグと言われるかとゆーと、ミドルスブラは化学工場が多く、 かつて(現在進行中でもあるとか聞いたけど)スモッグ公害が問題であったエリアなので、 ニューカッスル・サポやサンダーランド・サポはガスマスクをつけてボロ戦に行ってバカにするのがお約束。

      使用例:

      ボロ戦に臨むニューカッスル・サポーター


      サウサンプトンに行ったケヴィン・フィリップス@まっけむ・ゴッド

      2004年12月11日、サウサンプトン対ミドルスブラ戦、45分に素晴らしいヘッドを決めたフィリップスは、 ゴールを決めた直後、 鼻をつまんで、もう片方の手で空気を払い、ボロをコケにするパフォーマンス、 つまり、 「Smogの中じゃ息できないぜ!!」という、ノースイースト・ローカル限定ウケを狙った、ボロをバカにするパフォーマンスで、 セインツサポはあれが何の意味だかわかんなかった模様です。
    Stadium of Light (スタジアム・オブ・ライト)
      言うまでもなく、プレミア3位のキャパ(4万8千)を誇るサンダーランドの本拠地。由来はポルトガルの強豪Benficaのスタジアム、Estadio da Luz(英語名、Stadium of Light)より。
    Stadium of Plight (スダジアム・オブ・プライト)
      ロクでもない成績残してるとマグサポに同情的にこう呼ばれる。2001−2002は、こう言われっぱなし(泣
    Stadium of Sh*te  (スタジアム・オブ・シャイト)
      「光のスタジアム」とゆー、こましゃくれた名前が気に食わない他サポの間での通り名。リバプールファンに言われた時は殺そうかと思った。
    Stead, John (ジョン・ステッド)
      @ハダースフィールド時代「ステディーニョ(Stedinho)」と異名を取ったイングランドU-21のストライカー。

      A2005-06シーズン、給料あわせて10Mという総補強費用の中、移籍金のみでブラックバーンに 1.8M支払ったほどのストライカーだが、 サンダーランドに来て初ゴールを挙げるまで1380分かかったそーな。

      ・・・つまり初ゴール決まった時には降格してたと♪

      ケルヴィン・デイヴィス、トミー・ミラーとともに、 ミック・マッカーシーのプレミア監督としての 資質を表す3大スカ物件である。
    Stephen Cotteril (スティーヴ・コッタリル)
      ハワード・ウィルキンソンの右腕として、2002年、ピーター・リード解任後、 アシスタント・コーチの職についた1964年生まれの元ストーク・シティ、チェルトナムの監督。 彼もまた、イングランドに12人しかいないという、UEFAのプロ・ライセンスを 持ったコーチの一人である。

      98年、チェルトナム監督時代、Dr.Martensリーグ(Conferenceのさらに下部のリーグ)にいた チェルトナムを優勝させ、カンファレンスへ昇格させ、続いて99年にはカンファレンスを制し、 チェルトナムを結局Div2へ定着させた手腕は高く評価されており、 実際、98,99年と連続でカンファレンス最優秀監督に選ばれている。

      少々強面に見えるが、選手時代は、ヴィニー・ジョーンズおよび デニス・ワイズが在籍していた時代のヤクザなウィンブルドン (Crazy Gang) に同時に所属していたことから、 やっぱコワイ人らしい。2003年3月、ハワード・ウィルキンソンとともに解任される。

      しかし有能さは知れ渡っていたため、2004-05シーズンより、解任されたスタン・ターナント (この人マッケムです)の後任として、バーンリーの監督の職につく。バーンリーでの評価は有能らしい。

      ちなみにサンダーランドのアシスタントになった時に、当時監督だったストーク・シティを放り投げて来たので、 ストークでは裏切り者として死ぬほど呪われて憎まれている。

    Sting (スティング)
      人気取りだけのためにニューカッスル・サポを偽装するプラスティック・マグの一人。
      本心はサンダーランドらしいが、アメリカにばっか行ってることの反論として 「俺はジョーディーだ」とか言い出して引っ込みがつかずにそのままニューカッスル・サポを偽装しているため、 サンダーランド・サポ、ニューカッスル・サポ双方から嫌われている。

      *「スティングがまぐサポ」なんて現地人に言ったら、 トニー・ブレア並に恥ずかしいのでやめましょう。
    SunderIreland (サンダイルランド)
      アイルランド代表多すぎ。 なんとかしろ。
    SKP, Super Kevin Phillips, Superkev (スーパーケヴ)
      言うまでもなくサンダーランドで、戦後最高のゴール記録、109ゴールを達成した、 サンダーランド史上最高のストライカーの一人、 サンダーランドの現人神(Living Legend)、ケヴィン・フィリップスのこと。 ワトフォード時代からこう呼ばれていたらしい。真面目に作ったから ケヴのページを後は参照してくれ。 最終シーズンはやる気ナッシングだったらしく、3回のトランスファー・リクエストを 提出の末、惜しまれつつやはりゴタゴタながらに、03-04シーズン、サウザンプトン・セインツに移籍。

      サウサンプトン行って、公私ともにけっこー不幸らしい。偉大な伝説に合掌。

      ホントにサンダーランドで幸せだった人の後の人生は気の毒だ。

    T
    Tesco (テスコ、テスコ・パンツ)
      @イギリス全土に展開するスーパーマーケット・チェーン、まぁイトーヨーカドーみたいなスーパーのこと。
      A美形MF、リアム・ローレンスのこと。

      SkysportsのSoccerAMという番組に出演する予定だったリアム、収録前日に大騒ぎした所、 何者かに当日履く予定だったブランドもののジーパンを盗まれ、仕方なく替えのジーパンを買いにゆくも、 朝早い番組だったためテスコしか開いておらず、テスコのジーパンを求め、あの美形のオシャレさんが、 テスコのジーパン履いて出演した事件は全サンダーランド・サポを笑いの渦に巻き込んだ。

      以来、ローレンスはナイアル・クインのディスコ・パンツとかけて、「テスコ・パンツ」と呼ばれるようになる。
    Tyneside (タインサイド)
      タイン川沿いの街がニューカッスル。20キロくらいサンダーランドと離れている。サンダーランドとニューカッスルのある行政区、 Tyne & Wearの州都はニューカッスルなのがまたウェアサイドの人間にはムカつくらしい。 両川沿いの地域とも、かつての造船業の中心地。

    Tommy (トミー)
      サンダーランドの誇るワールド・クラスのGK、プレミア最強のGKとも噂される、デンマーク代表GKトーマス・ソーレンセンの愛称。 2000年、憎き敵地、SJPのニューカッスル戦において、あろうことか、アラン・シアラーのPKを止めてしまった (動画リンクはこちら)ために、サンダーランド史上最高の守護神の一人として、サンダーランドの人々に崇拝されるうちの一人となった。 ただ、セービングはプレミア最高の名に恥じないものの、左足のロングキックが最低で、 本人に自覚はあるらしいが、未だに治る気配なし。なんとかしろ。
      また、サンダーランドにやって来た当時、英語が不得意だったらしく、 「Baby Faceでカワイー」と言われたトミーは、真顔で 「Baby Faceって、意味わかんないんで教えてください」と訊き返したらしい。

      サンダーランド最凶の暴言選手としても知られていたが、03-04年、 イヤイヤながらアストン・ヴィラに、ゴタゴタしながら渋々移籍。

      なんかヴィラ行ってからバカミスばっか連発してて結構不幸らしい。

    ]
    Tony Blair (トニー・ブレア)
      イギリス現首相。労働党党首。ダーラム大学の卒業生である。

      Plastic Mag(プラスティック・マグ)の代名詞である。

      ダーラム大学卒業をタテに、元々労働党の地盤の強いセッジフィールドに初参戦するに当たり、 フットボールなんか全然わかってないくせに 人気取りのためだけにニューカッスル・サポだと偽証しやがった政治家。

      明かにスタジアムに行ったとかいう時期が一致しなかったり言動がおかしいことから、 プラスティックだと呼ばれていたが、よりによって、
        「マルコム・マクドナルドってどの時代の選手か調べてくれる?」
      と人に命じたことがバレ、ノースイーストの人たちを卒倒させる。
        注:マルコム・マクドナルド=愛称スーパーマック、70年代に活躍、ニューカッスルの神の一人。
      というわけで「トニー・ブレアもニューカッスル・サポなんだ」なんて自慢げに言うまぐサポ居たら鼻で笑ってやりましょう。
      *トニー・ブレアはニューカッスルにとって、恥サポなので気をつけましょう。

    Trigger (とりがー)
      某アイルランド代表右ウィンガー、ジェイソン・マッカティアの愛称。 英国、David Jason主演の国民的バカドラマ、”Only Fools and Horses”で 自分の名前を間違って覚えてるらしい登場人物、Triggerの真似を ダブリンのナイトクラブでカマした所、伝説的にバカ受けしたらしく現在に至る。

      この渾名に対する本人様の名言:
        「だって俺の愛称がコレなんて、俺がバカだってすぐわかって好都合だろ?」

    U

    V

    W
    Wearside  (ウィアサイド)
      ウェアのほとりにある街がサンダーランド。かつての造船業の中心地。 歴史的にTyneと仕事のパイをとりあっててただでさえ仲が悪い。ついでにサンダーランドには日産の工場がある。
      ちなみに日本語表記では「ウェアサイド」と表記されることがあるが 発音は「ウィアサイド」である。
    Whey Aye (Man)  (うぃーあーいー、うぃーあーいーまん)
      Whey = Oh, Aye =Yes, Man =!
      つまり、Oh, Yes!は、ノースイーストではこう言います。
      転じて、他のサポは、サンダーランド(やニューカッスル)のサポーターをからかう時に、 こう呼んでくることが多いようです。つかよく言われます。
    Williams  (Darren Williams, ダレン・ウィリアムズ)
      1)ヨーク・シティ出身のCB/RB/CMF。無敵の性格美人とポジションに広さを生かし、9年間サンダーランドでプレーしたが、 2004年、カーディフに売られる。 いつもファンに感謝を忘れずに拍手とともに歩み寄ってきた姿は「Clap hands」と言われて 揶揄みたく言われてたが、ホントはみんな大好きで、婦女子のアイドルだったし、カルト的な人気もあった。
      移籍後、ニニアン・パークで対戦したダレンには、スタンディング・オベーションとチャントが送られ、 さらにカーディフの一員としてスタジアム・オブ・ライトに帰ってきたダレンに、再び スタンディング・オベーションが送られた。
      2)何やらせても中途半端。だがハートだけは異常に熱い。

    X

    Y

    Z
    Zinedine (ジネディン)
      アイルランド代表左ウィンガーのはずのケヴィン・キルバーンの最近の愛称。類義語;Skillbane
      理由:たまに神憑るとジダンばりのテクニックを見せるからムカつく。

      と、最初は揶揄の意味だったのだが、エヴァートンで幸せに暮らして そしてエヴァートンで素晴らしいパフォーマンスを見せているため、エヴァートンでは、 単純に賞賛の意味として、キルバーンのことを「ジネディン」と呼ぶ。


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