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. . . Something You DON'T Need
to Know About Jason McAteer 最近大人しくなったようですが。 注)インタビューは管理人による意訳です。
Jason McAteer's Legends with Picture Gallery Link
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プロ入りのきっかけ
アメリカくんだりでジェイソン少年が考えたことは、 俺にはグラフィック・デザイナーよりも、 フットボール選手の方が向いている つーことで、とっとと故郷のマージーサイドに帰ってくると、地元のノン・リーグ、 Marineでプレーを始め、それがボルトンのスカウトの目に止まり、 プロ入りを果たすことになる。 ボルトン時代
んだが、彼がマルディーニだと思いこんでタックルした選手は、 どうやって間違えられるのか知らないが、実は、 ロベルト・バッジオ だったというハナシは、これまた彼の有名な実話である。
んで、94年、アメリカでのワールドカップ中、ジェイソンとU2のベーシストは、 リムジンでタイムズ・スクウェアに乗り付けると 二人でチキン・マックナゲットを食ってたらしい。 テスコ(Tesco) イギリスのスーパーマーケット。 リヴァプール時代
その伝説は、彼の黄金のリヴァプール時代に遡る。 いつもホテルでの支払いが現金なのを不審に思った、リヴァプールのチームメイトは、ジェイソンにこう尋ねた。 「クレジットカードは持ってないのか?」 すると、ジェイソン答えるに、 「だってクレジットカードの作り方なんて知らないもん」 しかし、流石にヤバいと思ったのか、 促されてクレジットカードを作りに行き、申込書を渡され、記入する羽目に。 申込書を書き進んでゆくジェイソン。 「Company」の欄に、「Liverpool FC」と書き込んだ直後、ちょっとジェイソンは考えこんだ。 次の記入欄は「Position」。 そしてジェイソンは真顔でこう尋ねた。 「去年まではライト・ウィンガーだったんだけど、今年からライト・バックなんだ。 この場合、ライト・バック?それとも右ミッドフィルダーって書けばいいの?」 注)言うまでもないが「position」は、英語で「役職(課長など)」の意味。
![]() ほんでジェイソンとの破局後、ダナ・エアが言ったセリフは、 「二度とフットボール選手と付き合うのはこりごり。 名指しはしなかったらしいが。ちなみに原文は 「They're not the brightest people」
『フケの出ないシャンプー』という商品 ("Head and Shoulder"という商品) のテレビCM(今ならハゲないシャンプーの方が適当と思うが)の出演依頼で、 共演者は、あのセクシーダイナマイツ、デヴィッド・ジノラだったそーな。 見ていないので、その詳細はわからんが、CMの一環として撮影されたらしい、この写真と お約束ですがクリックするとでかい元映像のあるサイトに飛びます。行ってらっしゃい。 サンダーランドのファンジンの記述から察するに、 「激ホモエロ」なCMだったらしい。 当然のよーに、全英(+マックマナマン)の顰蹙を買いまくり、 年間サイテーテレビCMの栄誉に輝いた、って話もどっかで聞いたよーな。 このCMがらみかどーか未確認だが、「あんたバカですか?」と、マックマナマンに言われたらしいぞ。
アイルランド代表に選ばれなくなったらしい、 現アイルランド代表ディフェンダー、 フィル・バッブ(Phil Babb)とは、 リヴァプールで同僚になって、 リヴァプールのレストランだかクラブだかで一緒に沙汰沙汰を起こす前、 つまり、94年の初代表選出時からずっと仲良しらしい。 ついでにバッブの元カノはコレで、 お互いいい勝負の有名人食いでやんの。 ちなみに、お互いの子供の名付け親同士であるそうでもある。そんなジェイソンの息子の名は、ハリー。
「赤い方のソース?それとも茶色い方のソース?」
ワールド・サッカー・ダイジェストがジェイミー・レドナップの取材に来ました。
ジェイミー
ニール・ラドックとフィル・バッブとは、いまだにニューカッスルでツルんでる姿を目撃されてるので、
アンフィールド時代からの大の仲良しであることは言わずもがなです。
ニール・ラドックは断言する。
ブラックバーン時代
他人が食らったファウルに自分がやられたごとく怒ってキレるのやめれ と顰蹙買ってらしいぜ。 だがコイツは、 自分が食らったら絶対キレるよーなファウルをかますことは言うまでもなく、 1998年ワールドカップ予選、ランズダウン・ロードでのマケドニア戦、ロスタイムになって、 止せばいいのにかましたハイタックルはマケドニアの選手の喉に入り、1発赤で予選3試合停止を食らい、 このせいかどーだか知らんがアイルランドはワールドカップ出場を逃している。 ある日ピザ屋に行ったジェイソン。 ピザ屋の店員に、「何等分にしますか?8等分でいいですか?」と尋ねられたジェイソンは、 マジ顔で 「ハラ減ってないから、4等分でいいよ」 彼の脳内では1/4<1/8らしい。
「マット・ジャンセン君がちょーキュートなの」 あんた何言ってんですか、という総ツッコミを食らっていた。
試合前、 「イーウッド・パークにオマエの場所なんてないから出てけば?」 とスーネスに冷たく言われると、ジェイソンはその場でブチキレ当然だと思います 速攻で車に向かい、そのまま試合に出ず直帰。以来、リザーブ・リーグにしか出場機会がなかったらしい(合掌)。 ジェイソンだけが悪いってわけじゃない。スーネスに同様の被害及び同様の仕打ちを食らった選手多数。あいつ大嫌い。 カースリー(現エヴァートン)、ピーコック(引退)、アリー・マッコイスト(現解説者)、ギレスピー(現ブラックバーン)その他大勢。 サンダーランド時代
ワールドカップ予選に起用し続けた。94年からそれまでの代表歴の中、総ゴール数わずか2ゴールのこの選手は、 ワールドカップ予選、オランダ戦、 アムステルダムで1ゴール1アシスト さらに 再びオランダ相手にホーム、ダブリンで決勝点となる1ゴールを挙げる という、鬼のようなカミカゼ野郎っぷりを発揮して、 世界中の美しいサッカーを愛するファンの顰蹙を買ったことは記憶に新しい。 クリックすると画像大きくなります。
この大活躍(顰蹙)と「ワールドカップ連れてくからとにかくブラックバーン出ろ」とのマッカーシーの助言を背に、
安いものには目がない
The Mirrorの死ぬほど意味不明な インタビューはこちらへ。 やっぱこの発言、クラブの恥を晒すなとファンジンで怒られてました。 2001年、年末のLegion of Light(クラブが発行するフルカラーの読む所皆無の雑誌)の巻頭コラムで、 ナイアル・クインはこう語っていた。 「ジェイソンは、来て間もないからか、いつも物静かで溶け込んでないように見えて心配なんだよね」 そして開けた2002年1月末、降格争いがどうも深刻化しそうになる中、 オールド・トラフォードでのマンチェスター・ユナイテッド戦を前に、 Channel5(英国のテレビ局)がナイアル・クインに降格争いやチーム状態について、 サンダーランドのトレーニング・グラウンドに取材にやってきた。 慎重に言葉を選び、チーム不和などはなく、ただベストを尽くすだけ、と、 真摯に紳士な態度で(つまんねシャレだ)テレビの取材に答えるクイン。 その時、真剣に答えるクインの左のはるか後方に、ひょいと、小さく、ある選手の陰が映った。 すると、その選手は前方に向かって、 突如加速して音もなく猛スピードで走り出し、 ものも言わず、右ワキに抱えていたバケツいっぱいの水を 背後から何も知らないクインの脳天から勢い良くブチまけると バケツを放り投げ、リヴァプール時代を彷彿とさせる足の速さで、風のように去って消えていった。 そう、その選手はジェイソン・マッカティーア。 「・・・・・・・・」 無言でしばらく手で顔を拭っていたクイン。 だが、クインは全身びしょ濡れのまま、ジャージに着替えるとすぐに、息せききって 再びC5のカメラの前に現れた。 寒さで震えながら 1月末のサンダーランドでびしょ濡れになったら寒いに決まってます 怒り混じりのひきつり笑いを満面にたたえたクインの手にあるのは、一枚の紙。 「ムカついたからお返しにあのバカの昔の恥を晒してあげよう♪」 とゆーよーな内容のことを喋りながら、 あの写真を取り出して、 テレビカメラの前であの写真を延々と晒したクインのギャグセンスは、 ジェイソンより上だと思った。 そして、クインがジェイソンを「物静か」と評したのは、「まだバカの本領を発揮してない」つー意味だと悟った。
![]() ・・・こう、トミーと一緒に写真に収まって逃走したそうだ。
注)これは11/12/1999午前中のアイルランド代表、トレーニング中のジェイソンの写真です(初犯じゃないらしい) ついでに、上の写真をクリックすると、ケツつながりで、 ケヴィン・キルバーンのチェルシー戦 の「ショーツ落ち」ハプニングページへ飛べます(鬼)
「俺のやることで、笑いが取れるなら、俺はやるぜ」 どうやら使命感を感じているようです(頭痛)。インタビューの抄訳とソースへのリンクはこちら。
でもちゃっかり黄色だけは食らうなど、ひたすらムカつかせてくれたジェイソンだったが、 敗戦後、負けたってのに、思いっきり消えてたくせに
「ニューカッスルなんて強くネェ。今年の優勝はManUだ」 と抜かして、ニューカッスル最大のファンサイトにこの発言が晒され、まぐサポの怒りを買うかと思われたが、当のマグサポは、 「こいつまだ自分がリヴァプールの選手だと思ってるあほやー」 と、ウケまくっていたらしい。 しかも優勝、まんゆじゃなくガナだし。(頭痛)
「俺はこの夏には(ワールドカップに) 香港 に行くが、おめーらは行けねーだろ」 ワールドカップ2002って、香港であったんですか・・・。 ソースはこちら
「今季の俺の願いはね」 とゆーお題目で喋りだしたジェイソン・マッカ様。 「今季、俺は二つの願いがあるんだー。ひとつは、 リヴァプールが優勝すること。 もうひとつは、 ボルトンが残留すること。 ボルトンには、本当に残留して欲しいんだ!」 ・・・自分の所属するサンダーランドが降格争いしてることは忘れくさっているジェイソンでありました。
倒れて痛がるジェイソンの映像とともに、 「My Knees F*cked!!」 とのご本人様のお上品な大声がお茶の間に流れてしもたそーな(合掌)やっぱそれは放送禁止用語です(泣)。
と滅茶苦茶な理屈で帰国すると大騒ぎして、謝罪会見を開く羽目になったのは有名だが、
ニューオータニ千葉のバスルームを、 流し台から何もかもピカピカに掃除して磨き上げたんだって。 自宅でも、嫁と喧嘩してムカつくと、やおら手袋をはめて、キッチンにあるもんを何もかも洗いあげて、 キッチンをピカピカに磨いて、掃除機かけて家の中じゅう家具も何もかも ピカピカに磨きあげるのが日常なんだってさ。
"I don't like Graeme Souness, he destroyed my career"
で始まったある日の「ジェイソン・マッカティアのワールド・カップ秘密日記」
(Irish Independent)では、フットボール関係者をおおいに震撼させたジェイソン・マッカティア氏であった。
アホでお気楽でナマなスカウサ(Scounser)だからキャプテンなんて柄じゃネエよ 尊敬されてもキャプテンとは思われないだろーから嫌だけんね」 「あんまプレーまでダメだからヤリ・リトマネンに言われちまったよ。『初めてなのか?』ってさ。
わかってらっしゃるよーです。
でも俺は時速30マイルで走る。 どだい俺がギッグスにタックルするなんて身分不相応なんだよなー」 わかってらっしゃるよーです (リフレイン)。一連の発言とロイ・キーン喧嘩売りエルボ事件(31/08/02)の顛末は こちら
8月31日のマンチェスター・ユナイテッド戦前、 その本を持つと、 ロイ・キーンの待つ
マンチェスター・ユナイテッドのドレッシング・ルームに向かい、
「ロイ、この本にサインとね、 『スタン(ストーントン)、クイン、マッカーシーへ捧ぐ』って入れて♪」 と、頼みこみに行こうとした所、
その直前、彼の不審行動に気付いた周囲に、あえなく阻止されたそうである。
ロイ・キーンが
サイパンで、「俺以外は皆2流選手でやがって」と新聞上でブチかました上に、
それを咎めたマッカーシーに面と向かって「この英国のクソ野郎」と言い垂れて
アイルランドへ強制送還を食らい、ワールドカップを逃した事件は記憶に新しいかと。
いい加減に黙れバカタレな インタビューはこちらへ。
あいつはいつだって審判を騙すウソつき野郎だ。 あんなヤツ、3度といわず何度でも退場にしてしまえ!何で審判はあのクソに甘い!? ヤツはヘラヘラ笑ってやがるが、ヒトの頭目掛けて蹴飛ばすわ、 ご丁寧に両足揃えてタックルしやがるわ、ファッキューした指を耳に突っ込むよーなヤツだぜ。 あいつの挑発にノッて怒ったら俺も同じ程度のバカ になっちまう。それこそヤツの思うツボだが、でもそれでも とにかくワイズの野郎にゃ俺はムカつくんだぁ!! あの野郎、ミルウォールのファンにコビを売るのが巧くてよ、 ミルウォールのサポなんて、フットボールは、フットボールでもなんてどーでもよくて、 ただ『攻撃的』でさえよけりゃいい ヤツらだからよう!」 ミルウォール・サポがこの発言に大激怒したことは言うまでもありません。 | |