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Something You Need to Know About
Super Kevin Phillips

Soooopa, SooopaKev, Soooopa, SooopaKev,
Soooopa, SooopaKev Soooper Kevin Phillilps

Kevin Phillips Mini Bio and Links including Pix Gallery

サンダーランドのSuperKev。 サンダーランドの戦後最高のストライカーとして、ケヴィン・フィリップスは、 1998年から、彼が降格に伴い退団を表明するまでの2003年5月までの6年間、 サンダーランドの生ける伝説、そしていまだかつて、誰もがじかに目撃したことのなかった、 サンダーランドの唯一の神様として、サンダーランド・サポーターに最も愛され、 そして対戦チームに最も恐れられた選手であった。

しかし、ヨーロッパ最高のストライカーとしての評価までをも勝ち取った、スーパー・ケヴィン・フィリップスのサッカー人生は、決して恵まれたものではなかった。 「人生ってのは、思う通りにゃいかないもんだよ」と彼は常に振り返る。

その、ケヴィン・フィリップスの人生に常につきまとった運命とは、


「挫折、そして挫折の末の栄光」

であった。彼は自伝でサウザンプトンから非情の通告を受けた自らの経験を、 サンダーランドの運命と重ねて、こう振り返る。

On and off the pitch,
we have a unique bunch of players here at Sunderland,
and I'm just proud to be associated with them all,
After the heartache of Wembley, Sunderland are back,
Second time around.

And although it's taken me eight long years
since the day I was shown the door at The Dell,
I hgave finally reached the summit, I have arrived too.
Second time around



そして、8月14日、まさに再び、フィリップスは、因縁のサウザンプトン・セインツへ帰還した。

  • 少年時代
    • 1973年、7月25日、ハートフォードシャーのヒッチン(Hitchin、Hartfordshire)に生まれた ケヴィン・フィリップス(愛称ケヴ=Kev)は、クリケットと釣りとスヌーカーとブレイクダンスを愛する、 フットボールに関しては、アーセナル・ファンの少年であった。

      12歳当時、セインツの対QPR戦のマッチデイ・プログラムに載ったフィリップス

      ついでにセインツ・ユニフォーム姿のKEV。
      ご本人様いわく、「今とは違って昔は髪の毛フサフサしてたんだよー(笑)」だそう。

      ノース・ハートフォードシャーの学校に通い、 Fairlands FCというクラブに所属、ストライカーとして活躍していたこの頃に既にKEVは、 プロのフットボール選手になりたいという夢を確かなものにしていた。

      13歳になったKEVは、ハーロウ(Harlow)にあったサウザンプトン・スクール・オブ・エクセレンスにおいて、 2年間プレーしていた。Gothia Cupにおいて、サウザンプトンの子供達は 2度優勝を修めているが、スウェーデン遠征において、キャプテンを務めたKEVはチームを優勝に導いた。

      そんな小さなKEVは、サウザンプトン・セインツの関心を引くことになり、16歳になったフィリップスは、 1988年、当時の監督であったクリス・ニコルより、トレイニーとしての2年契約を提示され、 プレーすることになる。

  • サウザンプトン・ユースにおける挫折
    • ストライカーとしての素質をクリス・ニコルに見込まれ、サウザンプトンに入団したフィリップスであったたが、 わずか2ヶ月で、「多分才能はあるんだろうが、きっと生かしきれない」ということで、 ストライカーとして失格であるという判断を下されてしまう。

      ストライカー、ケヴィン・フィリップスに対してストライカーの替わりに提示されたポジションは、 「2番、ライト・バック」であった。

      当時、「第二のアラン・シアラーになってやる!」

      と誓いつつ、日々当時セインツ・ユースのスターであった、 アラン・シアラーのスパイクを磨いていたKEVだっただけに、 「ディフェンダーなんて冗談じゃない!」と大ショックを受けつつも、渋々それを受け入れ、 ただただ170cmに満たない自らの身長が伸びることを期待して、ウェイト・トレーニングに励んでいた。

      17歳になり、ユース・チームのファースト・チームを張れるようになり(所詮はポートマン・ロードにおける 対イプスウィッチ戦)、それなりの活躍を見せていたようだが、セインツで2年を経て、 彼に運命の日が訪れる。

      誰もがプロフェッショナルのフットボールを夢見て努力してきた、この 2年間のユース生活に対する評価が下される日だ。The Dellのドレッシング・ルームは重い雰囲気に包まれていた。

      名前が呼ばれると、既に失格の評価が下され、涙にくれる少年選手達の中、 動揺しつつも平静であれと自分に言い聞かせ、フィリップスはクリス・ニコルのオフィスへと歩いてゆく。

      そんなフィリップスに対し、クリス・ニコルが投げた言葉は非情なものであった。

      「私達は、何が出てくるかわからんもんを、つつくことはしたくないんだ。契約はしないことに決定した。 多分、あと2年もして、自信をつければ君はいい選手になれると思うんだ。とにかくタフになることだ。 正直言って、君はかなりいいセンを行ってたよ。でも、ジェイソン・ドッドや、 ジェフ・ケンナ(元アイルランド代表DF、現バーミンガム)がいなけりゃ、きっと1年契約を 提示してたと思うんだが・・・。すまないね」

      そして、17歳のケヴィン・フィリップスは、精一杯の、暗示的な言葉をクリス・ニコルに向けて返す。

      「僕は、今回のあなたの判断が間違っていたことを、きっと証明してみせます!」

      わずか週給136ポンドのライト・バック。
      それがケヴィン・フィリップスの、サウザンプトン・セインツにおける最後のキャリアであった。

  • セインツからノン・リーグへ。そして再びプロへの道
    • セインツを去らざるを得なくなったKevは、チャールトン・アスレティックとピーターバラからの 新たなトレイニー契約の話があったものの、彼らの要求する資格を満たせず、 両親の待つStevenage(スティヴィナージ)へと帰郷した。 17歳のフィリップスは、「とにかくお金を稼がないといけないと思った」ため、 まず母親、スーの口利きで、母親勤務先である、パン工場、サンブレストの 倉庫で熱心に働き始め、とにかくお金を溜めることに腐心したという。また、ケヴの理解者であった母親は、 仕事上のツテを辿って、元アーセナル-ルートンでプレーしていた選手、イアン・アリソンが監督を務める ノン・リーグのチーム、バルドック・タウン(Baldock Town:財政難のため、1999年には解散)に、 ストライカーも出来るし守備も出来ると我が子を熱心に推薦した。その甲斐あって、 フィリップスは、バルドック・タウンでプレーすることになる。

      しかし、そのバルドックのイアン・アリソンは、二度とKEVを、彼がかつてセインツでプレーしていた ライト・バックに戻すことはしなかった。2ヶ月フィリップスの様子を見た彼は、 フィリップスのデビュー戦、Burnham FC戦でいきなり彼をストライカーとして起用、 そして彼はその初試合で、いきなり2得点を挙げる。

      以降、16試合連続得点、ケヴィン・フィリップスは、自らのベスト・ポジションは ライト・バックなどではなく、ストライカーであると自覚を確固たるものにし、自信をとり戻し、 週給200ポンドの選手となる。

      バルドック・タウンにおける2シーズン目、 35ゴールを挙げたKEVの元には、既にミルウォール、バーネット、ルートンなどから のスカウトがやって来、トライアルを受けることをKEVに熱心に勧めたという。 (んで、バーネットのレイ・クレメンスは右ウィングやれとか言ったんだよー。あほかー!とフィリップスはご立腹)

      バルドックでの3シーズン目、イアン・アリソンは成績不振のため、チームを去ったが、 新監督、ボブ・イーグルズの元においても、わずか3ヶ月の間に22得点。
      「プロのスカウトも来るのに、なんでセインツは俺いらないって言ったんだろ?」
      とまで思うようになったKEVの元に、フィリップスの運命を変えた2人目の監督との出会いがやってくる。 それは、当時Division2、ワトフォードの監督(現ウェストハム・ユナイテッド監督)であった、グレン・ローダーであった。

      ローダーは当時のフィリップスについて、こう述懐している。

      「即金で1万ポンドの価値はあると思った」

      ローダーは、フィリップスをワトフォードのトライアルに招く。 フィリップスは、得点こそ挙げたものの、調子は今ひとつであったらしいが、 どうもローダーはKEVを気に入ったらしく、新たに1週間のワトフォードのトライアルに招かれたのは、 サウザンプトン・セインツから非情の宣告を受けてから4年を経過した、1994年、12月のことであった。

      トライアル2日目でいきなりKEVは、チェルシー・リザーブとの対戦という ビッグ・マッチを経験することになる。

      チェルシーの死ぬほど豪華なメンツを見てビビるKEV。 デヴィッド・ロキャッスル(David Rocastle)、 ケヴィン・ヒッチコック(Kevin Hitchcock)、ポール・ファーロング(Paul Furlong)、 デヴィッド・リー(David Lee)、エディ・ニュートン(Eddie Newton)・・・。

      コドモの頃、ハイベリー・スタジアムで観て憧れていた選手、元アーセナル、 元イングランド代表のRockyこと、ロキャッスルと同じピッチでプレーすることが、 当時ノン・リーグの小さなバルドック・タウンのストライカーに過ぎないフィリップスには、 夢のような出来事だったようだ。この日調子は良かったものの、シュートを打つことは出来ずに終わり、 トライアルの最終日はラグビーなぞをやらされて、悶々とするフィリップスであった。

      一週間のトライアルを経て、ローダーの答えは、「次のミルウォール戦、バイト休んで、もう一度来てくれないかな」

        注)当時のKEVは、ディクソン(どこの町にもある大規模チェーンの電機屋さん)でバイトをしていた。

      だが、2-0でワトフォードはミルウォール相手に敗戦する。チェルシー戦よりは良かったが、 ローダーは何というだろうか。試合後すぐに、ローダーはフィリップスをドレッシング・ルームから呼びつけて、 こう言い渡した。

      「2年契約を提示したいと思うんだ」

      9年間のフィリップスのプロへの挑戦が実った瞬間であった。泣いてたのか笑ってたのか 覚えてないくらい、歓喜の絶頂に居たという。

      ワトフォードとの契約は、週給300ポンド、移籍金は7500ポンドで決着した。 よく考えたら今の100分の1の額なんだが、バイトの給料も減らされてたKEVにとっては、信じられない 契約内容だった。



  • ワトフォード時代
    • 皮肉なことに、彼の初デビュー戦は、対サンダーランド戦であった。

      ワトフォードと契約後、5ヶ月で実父を亡くすという不幸に見舞われるも、 在籍した2年半の間、 59試合に出場し(リーグ戦54試合、FAカップ2試合、リーグ・カップ2試合) 24得点を挙げ、ワトフォードのエースストライカーとして 大活躍をする。フィリップスが「SuperKev」の愛称で呼ばれだしたのは、 このワトフォード時代である。

  • サンダーランドへ
    • 1997年7月に、フィリップスは、ついに Division2のワトフォードから、当時Divison1のサンダーランドへ移籍することになった。 移籍合意がなされた当初の移籍金は0.325m(約6000万)だったものの、 そのシーズンの活躍を受けて、移籍が確定した7月には、移籍金はその倍額へと修正された。 金額に関して、二通りの記述があるのはこのためである。

      だが、当時、より大物の到来を待ち望んでいたサンダーランドのサポーター達には、 「この程度の実績の、そして、こんな小さな選手で大丈夫か」という懸念があったようである。

      しかし、そんなサンダーランド・サポーターの心配は杞憂に終わった。

  • 97-98シーズン:サンダーランドの伝説
    • Swindon Town戦の初ゴールを皮切りに、 フィリップスのサンダーランドでの最初のシーズンが終わってみると、35ゴールを挙げ、 36年間破られることのなかった、 サンダーランドの伝説の一人である、 サー・ブライアン・クラフの最多得点記録を破ってしまった。 チームも3位という好成績を残したものの、サンダーランドは、プレーオフで敗退し、 昇格を逃してしまった。

  • 98-99シーズン:サンダーランド、プレミア昇格
    • さらに悪いことは続き、翌98-99シーズンの前半早々には、 試合中のタックルによってつま先を負傷し、序盤の4ヶ月も棒に振ってしまう。 だが、フィリップスは復帰するや、得点王となる25ゴールを記録し、 チームをDiv1優勝に導き、 サンダーランドも昇格を果たす。(Div1優勝時、Roker Parkにて、足のおぼつかない娘、ミリーの 首にメダルをかけた後抱き上げた写真はこちら

  • プレミア最高のストライカー
    • 99-00は、フィリップスにとって、プレミアで迎える最初のシーズンであり、 「Div1で活躍したストライカーはプレミアで通用しないのでは」という心配が散々なされたが、 そんなことはお構いなしに、プレミア36試合で30点 (プレミア初のハットトリックは1999年9月18日、ダービー戦)を挙げ、 プレミアにおける得点王を獲得したばかりか、 イングランド人プレーヤーとしては初のヨーロッパ・ゴールデンブーツを獲得してしまった。


      まかろんさんに貰った(大感謝)
      注)ゴールデン・ブーツはコールかシアラーが先に獲ってるべきだという無粋なツッコミは自粛してください。

  • イングランド代表
    • 98-99、99-00シーズンの活躍は、当時イングランド代表監督であった、 ケヴィン・キーガンの関心を当然ながら惹くことになり、 サンダーランドのチームメイトのレフト・バック、マイケル・グレイとともに、 イングランド代表に選出されたフィリップスは、ハンガリー戦で代表としての初デビューを果たした。

      余談だが、「シアラーの靴とブラシを持ったフィリップスとシアラーの2ショット」という、 今ならニューカッスルとサンダーランドの間で戦争が起きてもおかしくないよーな 冗談のキツすぎる写真をShoot誌に撮らされてもいる。

    今となっては、フィリップスが最初に目指したとおり、フィリップスはセインツのエース・ストライカーに。
    新旧のエース・ストライカー同士の写真となってしまいました・・・



  • Second Time Around - そして、再びセインツへ
      ケヴィン・フィリップスは、2003年8月14日、移籍金、3.25Mで、悲願であった、「ヨーロッパへの挑戦」を掲げ、 サウザンプトン・セインツへの帰還を選択した。
      8月9日、ちょうどサンダーランドの開幕戦の日、不幸にも彼の母親が亡くし、 フィリップスは、サウザンプトンの開幕戦、8月16日の出場は全く考えていなかったという。 しかし、実母の弔いとして、フィリップスは、その日、無理を押して出場する。
      2点のビハインドで迎えた後半、アンデシュ・スヴェンションに交替すると、いきなりシュートを放ち、これは キーパーに守られるも、果敢に打って出るフィリップス。そして76分、ビーティーからのパスを受け、 2人のディフェンダーをかわすと、いきなり35ヤードの凄まじいロングゴールを決め、鮮烈なデビューを果たす。

      それどころか、2点目のビーティーの同点弾は、フィリップスのシュートの零れ球を押し込んだものであり、 SuperKevは、2年間のサンダーランドを取り巻いた不幸な日々と、彼自身の不幸を乗り越え、セインツで復活を果たした。

      フィリップスは、こう語っている。

      「デビュー戦の前の土曜日に、母を亡くしたんだけど、僕はこのことを公にはしたくなかった。 それは、僕のキャリアにおいて、とても大事な時期だったから。水曜日に葬儀を済ませたが、 本当に辛い日々が続くだろう。勿論、ずっと辛かったけども、僕の周囲の人々は素晴らしく、 妻と家族に恵まれて居たから耐えることが出来た。 僕は、このゴールを、母に奉げようと思う。」


    Wherever you go, you're a legend of Sunderland, and SuperKev Forever!!
  • フィリップスの履歴書 (Second Time Aroundより)
      • 出生地、誕生日
          1973年、7月25日、ヒッチン
      • 家族
          父、レイ(Ray,故人)、母、スー、姉妹、デビー、ティナ、トリシア、カレン
      • 学校
          Trottts Hill Junior School (Stevenege)
          Collenswood Secondary School (Stevenege)
      • ジュニア時代
          Derby Way Wanderers (Stevenege)
          Fairlands (Stevenege), St Joseph's (Luton)
      • プロフェッショナル・キャリア
          1988、7月1日-1990 サウザンプトン・ユース
          1994-1997 ワトフォード
          1997-2003 サンダーランド
          2003-   サウザンプトン・セインツ
    • フィリップスと一問一答(1998年のALSより)
      • 好きな新聞は
          The Sun
      • 好きな映画は
          The Full Monty, The Figutive(逃亡者), The Shawshank Redeniption(ショーシャンクの空に)
      • 好きなバンドは
          Oasis
      • 好きな本は
          ガッザの自伝
      • 好きなサンドイッチは
          チーズ&オニオン
      • 好きな飲み物は
          水、Lucozade(スポーツドリンク)
      • フットボール選手になっていなかったら?
          ゴルファーになってた
      • 人生最高の出来事は(98年当時)
          ハートフォードシャーのゴルフコースでホールインワンを決めたこと
      • フットボール選手になるというキャリアに最も影響を与えた人は?
          亡き父、Ray。父はサンダーランドでのプレーを観ることはなかった。
      • ラガーとビターとどちらが好みか
          ラガー
      • ブロンドと黒髪とどちらが好みか
          ブロンドって言わなきゃいかんでしょ(注:嫁のジュリーはブロンドなので)
      • マクドナルドとバーガーキングとどっちが好きか
          マクドナルド
      • コロネーション・ストリートとイーストエンダーズ、どちらが好きか
          どっちも大好き
      • トランクス派かブリーフ派か
          トランクス派
    • その他雑学
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